classmates no delicacy
but nice people #2
足早に廊下を歩いていると、匡平は第二階段前で子泣きジジイの急襲にあった。
「んゲ…っ」
「やっと見つけたわよん」
背中にかかる176センチの全体重。外見は着痩せして見えるが、実はけっこうガタイがいいのを匡平は知っている。
なんといってもこないだの腕相撲大会でクラス優勝したのはこのオトコなのだ。後ろから巻きつけられた腕が匡平の歩みを強制的にその場で停止させる。
「…イタイ重い、とりあえず下りろ」
「あんたってばホント、ガキの使いなんだからー」
「んだよ、ちゃんと用は済ましてっだろ」
手にしていたビニール袋を持ち上げて見せる。
中で単三電池がゴロゴロと揺れた。
「あのね、たかが購買行くのになんで四十分もかかんのよ? そんなん寄り道してきましたーって力いっぱい云ってるようなもんじゃないの」
「しょーがないだろ、途中で王子に捕まっちゃったんだからさ」
「ナミちゃん先輩に?」
「ん。なんか超ーフキゲンそうだったけど。いきなりデコピン食らったし」
しかもピーチガムでピンポイントにだぜ?
そうつけ加えると早乙女が弾かれたようにゲラゲラと笑いはじめた。ツボにでもハマったのか、そのまま廊下に笑い崩れ、なおも腹を抱えて転がっている。
この笑い上戸め…。
「さっすがナミちゃん先輩ッ!」
一方、妖怪の重圧からようやくのことで解放された匡平は、一も二もなくその場を離れることにした。だが見捨て切れなかった笑い上戸がパタパタとスリッパを鳴らしながら後からついてくる。
「もうだから好きよ、あのヒトー」
「俺は絡まれて大変だったんだぞっ」
「しょーがないじゃない? あのヒト可愛いーんだからサ」
「カワイイ、ねェ…」
南に関してはすべてがその理屈で通っているような気がしてならない。
「それより聞いた? 写真部のパパラッチ、予約枚数だけでアンタ30枚いったんですって!」
「へーえ」
トンテンカン、トンテンカン、とあちこちからトンカチの音が聞こえてくる。
どのクラスも作業は大詰めだ。
学祭前の三日間は授業なしの準備期間になるが、それでも間に合うかどうか…という毎年かなりの強行軍を押しているのがこの学園祭だった。学校側もなんだって休み明け早々にこんなでかいイベントを組むんだか。早乙女などに云わせると「だからこそ余計に燃える」らしいのだが。…ま、それも一理あるワな。
「なによ、もっと真剣に驚きなさいよ」
「べつに嬉しくもなんともねーよ。学祭中の面倒が増えるだけじゃん」
パパラッチというだけはあり「隠し撮り」を謳った写真部のこの企画は、毎年恐ろしく好評を博しているのだという。内輪受けもイイトコのイベントだよな。しかも「ポラロイドだから貴方だけの一枚!」が宣伝文句なのだから恐ろしい。撮られる方の身にもなれってんだよ…。
「でもアンタなんかまだ楽な方でしょ? キングや王子なんて予約だけで三ケタは下らないのよ」
「そりゃ有名税ってやつだろ」
「ところがねぇ、今年のナンバーワンは瀬戸先輩らしいのよー」
「うわ、組織票なんじゃねーの?」
装飾過多ですでに廊下の名残りの欠片もないH1-5前を通り過ぎて、第一校舎に繋がる連絡路を渡る。
「そういえば蓮科の枚数、聞いた?」
「知らねえ」
「50はとっくに超えたって話よ。各学年にファンいそうだもんねえ、アイツって」
「…ってゆーかオマエ、詳し過ぎ」
「そりゃ当然よ、写真部の下っ端に吐かせたんだもの」
早乙女が誇らしげに胸を張る。威張れることなのか、それが…。
「それでねぇ、ウチの学年のナンバーワンってのがぁ」
「どうでもいーけど腹減ったんだけど、俺」
「あーら? おなか減っちゃった? 減っちゃったの、春日!?」
「…何その反応」
「んふふふー。実はねぇ、今日はクラスの皆のためにねぇ」
ちょうど辿りついたクラスの前で早乙女が不気味に口元を緩ませる。扉口にゆっくり両手をかける、その勿体つけた仕草。不穏な空気があたりに漂いはじめる。ヤべーぞ、この感じ…。
「超フンパツして、手作り弁当作ってきちゃったのー!」
…ホラ、きた。すぐさま回れ右しようとした匡平の肩に「腕相撲大会クラス優勝」の誉れ高い右腕がかけられる。
「いや、俺まだこの世に未練あるし…」
「どーゆう意味よっ、失礼しちゃうわね!」
ガラガラっと勢いよく引き開けられた扉の向こうに、憔悴しきったクラスメイトらを見つけて。
「勘弁してくれよ…」
匡平は思いきり肩を落とした。
「うーわ、ありえねー」
コトンっと置いたトレーの向こう。
細い眉が思い切り斜めに切り下がり、テーブルに項垂れた小作りの顔が非難がましく傍らの長身を見上げた。
「コレだめ、ゼッタイ無理、食べれません」
長蛇の列にわざわざ並び、ようやく取ってきた学食のトレーも南の一言で無用の長物と化す。
「じゃ、なんで薬膳が食いたいとか抜かしたんだよ」
「だってさっきは豆腐ハンバーグの気分だったんだもーん。仕方なくね? しかもゴハン盛り過ぎ。切敷のオーダー悪過ぎでしょ。俺に文句云われちゃうオバちゃんの身にもなってあげなよ。めちゃめちゃ可哀想じゃん。うーわ気の毒。理不尽にも程があるって感じ」
「どっちがだよ…」
今日はいつになく口が回る。
南の口がよく回る時は恐ろしく機嫌がイイか、サイアクそのどちらかなのだ。前後のつながりを考えれば機嫌のいいワケがないのだが。
「替えたきゃ自分で行けよ」
「立つのヤダ、疲れたッ」
テーブルに突っ伏したままジタバタと足を動かす。
「じゃあ一生そうしてろ」
絵に描いたような駄々のこね方だ。スーパーとかにいそうだよな、こういうガキ。
南のおかげでこの5年間、いい父親になる自信だけは無駄に培われたと思う切敷である。教育は何よりも最初が肝心なのだ。でないとこういう子供を抱えてバカをみる羽目になるだろう。それだけはゴメンだと心から思う。
場の雰囲気がいつもの放置プレイに治まったところで、切敷は自分のトレーに箸をつけた。前の席では清が黙々と揚げだし豆腐を崩している。
「……シン、茗荷係ね」
ややしてから起き上がった顔が弱々しい声で命令を下す。
有無を云わさず自分の皿の茗荷をすべて清の皿にぶちまけると、南は諦めたように豆腐ハンバーグを口に運びはじめた。
「ゴハンこんなに食い切れません。余ったらゼンブ切敷サン、責任持つこと」
「はいはい」
「ハイは一回」
「はいはい」
「…………」
飛んできた箸を片手で受け止めながら味噌汁を啜る。
それを差し出して視線で窘めると、南が急に叱られた子犬のように深く首を垂れた。不機嫌はそのままに、テンションだけがハイとロウを行ったり来たりする。
倉貫が絡んだ後はこうなる確率が極めて高かった。「犬猿の仲」としての周囲の認知度も高いが、実際のところどうなのかは切敷も正確には把握していない。
「うー、エンドウマメ苦手なのにィ…。あ、シンっ、お茶持ってくんなら俺のも頼む。解ってるとは思うけど、ほうじ茶は完璧NGだから。玄米茶だよ、玄米茶。そのほか全面禁止キャンペーン実施中。オンリー玄米茶。ドゥユアンダスタン?」
「気が向いたらな」
「あーっ、シンのばかっ。もう口利いてやんないぞ!」
背後でキャンキャンと吠え立てる子犬にはまるで構わず、清の痩身が遠ざかっていく。
「むしろその方が有り難いんじゃないのか?」
切敷が冷静な突っ込みを入れると南が一瞬、泣きそうな表情を浮かべた。
「ナミ」
「…うるさいな、放っとけよ」
表出は一瞬だ。
だが、網膜に焼き付いて離れない映像が何度も脳裏にリピートされる。いまにも泣き出しそうな、悔しくて堪らない子供のような表情。きつく噛み締められた唇。
テンションのアップダウンと同じく、倉貫に絡まれた後には必ずそういう顔を浮かべるのが必定だった。今日も先週と変わらない、同じ表情。気をつけていなければ見落としてしまうようなほんの一瞬の変化ではあるのだが。
三年前から変わらないシグナル。
「切敷には、関係ないだろ」
シンが持ってきた玄米茶をヒトクチ含むと、南はそれきり口を噤んだまま最後まで伏せた睫毛を上げようとはしなかった。
中央階段を過ぎて最初の角を折れたところ。
ポケットの中で携帯がくぐもった音を上げた。発信者不明の着信音に昼前に絡まれた南の顔を思い出す。
右に行けば中等部への連絡路、左に行けば研究室の袋小路だ。
ほんの一瞬、ポケットに気を取られた隙に、匡平はまたしても後ろから何者かの奇襲攻撃を受けた。
「な…っ」
廊下の真ん中にあった体が一瞬で端に寄せられ、背後から回された腕がガッチリと匡平の体を包み込んでいる。またかよ、オイ…。
懲りないオネエに肘鉄でも食らわしてやろうかと匡平が腕の中で身構えたところで、急に聞き覚えのない低音が驚くほど間近で鼓膜を震わせた。
「なんだ、春日か」
「え、…え?」
たっぷり五秒ほど思考に費やしてから。
匡平は恐る恐る、思い当たった人物の名前を口にしてみた。
ま、まさかとは思うけど…。
「クラヌキ先輩…?」
「正解」
いや、正解じゃなくて…。
なんでこの人、いきなりこんな所業に及んでんだ?
解かれる気配のない腕の中で匡平が身を硬くしていると、感心したような呟きが再び耳元に吹き込まれた。吐息が項の生え際をくすぐる。
「へえ。わりと抱き心地はいいんだ」
「…何云ってんスか」
「しかもけっこう細いのなオマエ。腕とか無理やり捻じり上げたくなる感じ」
「バっ、バカ云わないでくださいよっ」
「しかも、首筋とか舌触り良さそーじゃん?」
台詞と共に吐息が近くなって、匡平は軽いパニックに陥った。
「放してくださいっ!」
「バーカ、最初にそれを云わなきゃダメだろーが」
ようやく解かれた腕の囲いを脱すると、匡平は慌てて壁に背を張りつけた。ビタンっと情けない音があたりに響く。
「自分の立場ぐらい自覚しとけよ。次はあのまま犯すぞ」
「なっ、何云って…ッ」
「蓮科もカワイソウにな。こりゃ気が気じゃねーだろうよ」
「だから何の用なんスかッ!」
「そりゃ、あのバカオトコを探してるに決まってんだろ? つっても本人見つかりゃしねーだろうから、委員会はオトリを使うことに決めたんだってよ」
「まさか、俺?」
「他に誰がいるよ」
じりじりと壁際に退路を求めながら、匡平はいつのまにか自身が袋小路に追い詰められていたことを知った。
乾いた唇を一舐めしてから、窮地を脱するための案を巡らせる。
さーてどうするよ? 唯一の手立てとしては一瞬で倉貫の右横を抜いて、瞬間トップスピードでこの場を逃げ切ることだろうか。
「別に俺の横を抜いて逃げてもいーけどね。その代わりコレは預かっとくぜ」
そういってニッコリ笑った倉貫の手に、見覚えのある黒い物体。
「いつのまに…っ」
「昔から手癖が悪いもんでね」
アドレス全消しでよけりゃお好きにドウゾ、と笑顔で退路を示される。
問題児ばかりで有名な高三においてもキングと呼ばれる三人は特に性質が悪い。王子の次が王様とはな…。今日はつくづく厄日らしい。このうえ女王にまで捕まった日には目もあてられない。そろそろ年貢の納め時か?
「あーも、解りましたよ。どこへでもお供しますって!」
「いい返事だ」
匡平の溜め息混じりの覚悟に倉貫の唇が不敵に歪んだ。
不遜な眼差しが僅かに緩み、独特の色気が目元に漂いはじめる。匡平が中等部に入った時にはすでに貫禄充分だったこの笑顔に、いまはさらに三年分の重みが加わっていた。滲み出る色気だったらあのバカとも張りそうな気がするけど、でもこの「風格」は倉貫独自のものだ。
三年の月日はアイツにもこんな作用をもたらすんだろうか。そんなの想像も出来ないけど…。三年どころか明日の未来さえ自分には予測なんてつかない。明日もアイツの隣にいる保証なんてどこにもないから。
またメールの着信音が鳴った。
さっきとは違う音色。弾かれたように向けられた視線を受けて、倉貫の眉に揶揄いの色が浮かべられた。
「ちょうどいい。さっそく、脅迫メールでも送っとくか」
何気なく開かれた携帯が倉貫の手の中で玩ばれる。
「わわわ、プライバシーの侵害!」
「問答無用」
「うーわ、サイアク」
絶対君主の横暴ぶりは何もいまにはじまったことではない。慌てて液晶画面を横から覗き込むと、ちょうど受信履歴を開いたところで。
倉貫の指がピタリと止まった。
「…ちょっとムカついたかな」
「え?」
「おまえにじゃねーよ」
淡々とした顔に変化の兆しはない。恐ろしいくらいのスピードで脅迫状を送り終えると、ついでのようにもう一通、どこかへメールを送ってから。
「終了ー」
パチンと閉じられた携帯が宙に弧を描いた。ちょうど手元に落ちてきたソレをキャッチしながら。
ふいに倉貫の第一声を思い出す。
「そういえば先輩、もしかして誰か捜し…」
「カワイイ口は閉じとくに限るぞ?」
余計なもん突っ込まれたくなかったらな、真顔で云われて思わず口を噤む。
はじめて見る倉貫の表情に冷たくカチンと心臓が鳴った。
いつも飄々として素を見せない人間の、隠された内側を垣間見てしまったような畏怖と罪悪感。だがそれを拭い去って余りある迫力の笑顔が目の前で綻んで、匡平は反射的に思考の糸口を見失ってしまった。
「さて、行くか」
そういって差し出された王の掌に。
高一の王子は観念した面持ちで右手を重ねた。
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