アンチテーゼ #8



Finale eternal to the chest pain set free.
解き放つ胸の痛みに永遠のフィナーレ。


「ソレ、何用の紙ふぶき?」
グラウンドの特設ステージまできてはみたものの、差しあたってやることも思いつかず南は水中を漂うクラゲのようにふらふらとあちこちを流浪していた。ステージ横で車座になって紙を刻んでいる後輩たち。恐らく「紙ふぶき班」の人間たちだろう。コイツら、朝からずっとココで古紙をいちいち三角形に切り刻んでるんだろうか? ご苦労なこった。
「えーと、そっちのゴミ袋に詰まってるのは学祭コンテストのフィナーレ用っすよ」
「うッわ、スゴイ量!」
「まだまだ足らないぐらいですよー。委員長から一t分っていうお達しが出ましたからね」
「ワー、観月ってアっタマおかしいねー」
たぶんソレ南先輩には云われたくないと思いますよ。正直者がこの場にいなかったおかげで誰もそんな爆弾を投げかけはしなかったが、たぶん紙ふぶき班の心中に飛来した思いはみんな同じだったろう。
「あ、ナミ先輩はくれぐれも触らないでくださいね」
「え、何ソレ? 差別?」
「安全対策ですヨ」
ウワ、ちょっといまの暴言ぽくない? そうやって明るくヒトを邪険にするのはどうかと思うぞ!サンザンっぱら絡んでやろうかとも思ったが、ヒマを持て余してる南とは大違いで紙ふぶき班の人間たちはまるで対極のポジションに位置している。それは紙ふぶき班に限らず、大概の生徒は忙殺の二文字を噛み締めてる学祭三日前なのだが…南には相変わらず実感が沸かなかった。みんな忙しそうだなぁ。この分じゃ誰も構ってくれなそう。
「つまんないの…」
でもおかげで赤くなった目に余計なツッコミを入れてくる輩もいなかった。スンと鼻を鳴らして辺りを見回す。思い出すとまた涙が出てきそうになった。ココじゃ人が多いからガマンだ、櫻ッ!自分を励ましつつさらにステージの奥に進む。何気なくめくった暗幕の向こうにキャットウォークへと続く頑健そうな鉄ハシゴを見つけて、南はキラリと目を輝かせた。
「わ、高ッ」
今年はやけにでかいステージを造ったなぁと思ってたけど、上に昇るとその感慨がさらに顕著になる。狭い足場から反対側の足場まで続くキャットウォーク。その真ん中に座り込むと南は落とした両足をブラブラと揺らした。眼下を忙しげに行き交う生徒たち。ポケットから出したピーチチョコを一欠片、口に入れる。山並みの向こうに沈もうとする太陽がやけに眩しく、大きく見えた。思わず目を逸らす。
「ナミ?」
俯けてた顔を上向けると、溜まってた涙が左頬を滑り落ちた。副委員長の如月が煙草を片手に近づいてくる。
「何だ、あんたがいたんじゃ喫えないわね」
「妊娠四ヶ月のクセに」
「あー、云わなきゃヨカッタ。いっそもう禁煙するべき?」
「べきべき」
「でもこないだカートンで買ったばっかなのよ」
「誰かに売ればいいじゃん」
「ウーン、そうねェ」
伝い落ちる涙を拭う様子もなく。ペラペラと喋りながら泣き続ける南の横に如月が腰を下ろす。黒いピンヒールが南の上履きと合わせて前後に揺れた。如月の手から離れたセブンスターがちょうど下を通りかかった後輩の頭に命中する。
「イテ…ッ」
「あげるわ。取っときなさい」
振り仰いだ視線を威嚇するように如月がツイと顎を逸らす。それを見た途端、不遇な後輩は何も云えずに舞台袖へと引っ込んで行った。
「弱肉強食!」
「いまのはね、弱いものイジメって云うのよ」
「わ、自覚アリ?」
ケラケラと笑った南の頬に如月の右手が添えられる。
重ねられた唇に応えながら南はそっと目を瞑った。中一の春。周到な不意打ちによって南は如月にファーストキスを奪われた。「これは略式の挨拶なのよ」などとこの唇にイイカゲンなことを吹き込まれたおかげで、南は中学の三年間、女の子となら誰とでもキスをする生活を送った。卒業式の後、如月にその偏見を正されるまで。その所為かどうか、高校に入ってからは群がる女の子の数もだいぶ減ったように思う。ハーレムなどと云われていた状況の真相はコレだ。
「で、どっちのオトコに泣かされてるわけ?」
「両方かなぁ」
「解った。後であたしがヤキ入れといてあげる」
「ヒナコにやられたら再起不能じゃない?」
「そうね、可能性は否定しないわ」
視線を合わせて、どちらからともなく声を上げて笑う。如月の指が溢れる南の涙をすくった。自分はホントに甘やかされてるなぁって思うよ。如月にも切敷にも宮島にも。
「アンタ、本気であの爽やか好青年と付き合う気?」
「わ、もうみんな知ってるんだ?」
「有名人のカナシイ宿命ってヤツよ。諦めなさい」
「ヤな宿命ー」
如月が差し出したハンカチを首を振って断る。南はポケットから出したハンカチで目元をゴシゴシと拭った。濡れた頬を撫ぜる風が冷たい。さっきよりもずいぶん太陽が沈んでた。ステージの照明が細波のように端から順に点灯していく。
「俺、どうすればいいのかな…」
返る言葉に何かを期待してるわけじゃない。自分の陥ってる状況を誰かに転嫁する気はないし。だから切敷にも云わなかったし、如月にも相談なんかしてない。「ナミ、好きな人できたでしょ?」質問に正直な答えを返しただけ。南の落とした呟きをしばらく無言で眺めてた如月が、指輪のない右手で南の猫っ毛を掻き回した。
「誰かにそうやって助言を求めるのはすでに答えを知ってる証拠よ。自分の胸に聞いてご覧なさい」
「そうなんだけどさ…」
図星をつく言葉に頷きながら、南は沈みゆくオレンジ色の陽をじっと見つめた。
「でも、コレで正解なのかなぁとか不安にならない?」
「そんなの実際やってみなきゃ解らないわよ」
如月の言葉はいつも正しくて南には反論できない。見つからないアンチテーゼ。アイツに対してはいくらだって思いつくのに。考えるまでもなく。
「してする後悔としないでする後悔、ナミはどっちの方が大きいと思う?」
「しないでする、後悔」
「なら思うようになさいよ」
狭いキャットウォークに真っ黒いピンヒールを二本並べて如月が立ち上がる。
「どっちがどうなんて一概には云えないけどね」
回避できた不幸を悔やむことと、回避してしまったかもしれない幸福を悔やむこと。回避できた不幸は胸のうちに大きな傷痕を残すだろう。けれど逃した結果を知ることは誰にもできないコトだから。
「二度と知ることのない結果ってね、いつまでもいつまでもシミみたいに胸の中に残るのよ。傷ならまだ癒すこともできるのにね」
薄闇に紛れかけた背中を目で追いながら南はもう一度目をこすった。学校に続く坂道の街灯が次第に暗くなる周囲に柔らかな白光を広げていく。
「あ、それからもう一つ」
振り返った如月が人差し指を立てて南にアリガタイ忠告を施していった。
「アンタいい加減、誰とでもキスするのやめなさいね」
「わ、自分から仕掛けといてよく云うよ」
「知らないようなら教えてあげる。キスはね、一番に愛してる人とだけする特別なモノなのよ」
過去に正反対のデタラメを吹き込んでおきながらいけしゃあしゃあと述べられた提言。でもそれに対するアンチテーゼはやっぱり見つからなくて。南はお返しとばかり遠ざかる背中に忠告を投げつけた。
「子供は親を選べないんだよー」
「…相っ変わらずイタイとこ突いてくるわね」
振り返った如月に笑顔で手を振る。苦笑交じりの嘆息を一つ置いて。腰まである長い黒髪が薄闇に紛れていくのを見送ると、南はもう一度山並みに視線を戻した。
なんでこんな痛くて重いもの、いつまでも抱えてなきゃならないんだろう? ずっと思ってた。「ならさっさと捨てちゃえばいいのに」云われるまで気付かない自分も相当マヌケだよね。いつまでも抱えてるから痛いんでしょ? 余計なものまでいっぱい詰め込むから重いんでしょ? それでもソレを捨てたくないとアンタが思ってるんだからしょうがないじゃない。どんなに足掻いても曲げられない事実。
「なんで、あんなヤツのこと…」
山際にオレンジ色の線がうっすらと引かれる。橙から紫、濃紺へのグラデーション。その移り変わりを瞳の中に宿しながら、南は最終的に二枚のカードを思考から導き出した。
「ミナミ」
左側の足場から呼ばれた名前。
洛陽に人の顔を照らし出すだけの威力はもうないけれど。声だけでも充分。
「何の用…?」
痺れた舌を動かすと思ってたよりも低くてかすれた声が出た。涙で疲弊した言葉の語尾を観月の場違いに能天気な放送が掻き消す。
「学祭コンテンストのノミネート発表するよーん。興味あるヒトは昇降口前に集まっちゃってね。んじゃヨロシク!」
「…だってさ。行けば?」
「行かねえよ。俺はオマエに話があるんでね」
「生憎ないよ、コッチには」
あったとしても云いたくないし、聞きたくもない。
放送を聞きつけた何人かが連れ立って持ち場を離れ始める。ステージ上に置き去られた図面やトンカチ。切りかけの紙ふぶきが散乱してるのが見えた。それをボンヤリ見下ろしてると、薄闇の中こちらに踏み出してこようとした気配に思わず両肩が震えた。ピタリと歩みが止まる。
「オマエが嫌なら近づかねーよ」
視界の端でオレンジ色の線がスウっと消える。一瞬で辺りの色調が暗くなった。
この場所からは倉貫の表情は見えない。でもどうせ笑ってるんだろ、イツモみたいに? 不敵に歪めた唇で嘲笑ってるんだろ? なのにどうしてそんなに声のトーンが落ちるんだよ。
「オマエが望むんなら二度と近づかないし、声もかけない」
「…何、云ってんの?」
「ただこれだけは信じろよ」
やけに響いて聞こえる倉貫の声。気付くと足元に人影はなかった。照明が無人のステージを煌々と照らし出している。みんな昇降口前に行ってしまったんだろう。
「俺が好きなのはオマエだけだ。世界中でオマエしか目に入ってない。誰よりもオマエを愛してる」
「そんな戯言、ぜんぜん聞きたくない」
「戯言じゃない、これが事実なんだよ。いったい何度云えばオマエは信じるんだ?」
「ウルサイ!」
百万回云われたってそんなの信じないよ!
キライだって、踏みつけてやるって何度もくりかえしたくせに!オマエが泣くと気が晴れるって、ザーメン塗れの淫売だって。おまえなんか体だけ、それ以上の価値なんてどこにもナイって、そう笑ってたじゃないか!
あの日が全てのボーダーライン。
その前日まで何とも思ってなかった言葉の数々が、あの瞬間、南の胸に深く突き刺さった。その同じ口でどんなコト云われたって今更そんなの信じられないよ…。信じられない。信じたくない。たとえ、どんなに信じたくても。
「そんなウソ…いらない…」
「嘘じゃねーよ」
「ウソ…ッ」
いままでに何度、離れようと思ったか解らない。でも逃げても隠れても気持ちは変わらなくて。「サクラ」そう呼ばれるたびに何度も自覚させられるこの思い。どんなカタチでもいいから繋がってたい。でもそう思うのと同じぐらい、終わりにしたいってずっと思ってた。底のないジレンマに侵された精神がやがて削り始めた肉体。もうこれが限界。
「…けっきょく最後まで信じないんだな」
「ナミ先輩?」
倉貫の台詞に被るように右手の足場から声が聞こえた。
70リットルのゴミ袋いっぱいに詰まった紙ふぶき。宮島がソレを鉄柱の影に置いて顔を上げる。反対側の足場にいる人影を見つけたんだろう。少ししてから「あれ、倉貫先輩?」快活な後輩の声が響いた。
右手に宮島、左手に倉貫。奇しくもそれは南が頭に思い浮かべた二枚のカードと同じだった。そして答えはすでに出ている。だってこれ以上続けてもしょうがないだろ?
「選べよミナミ。右か、左か」
静かに告げた倉貫の声。やっぱり同じこと考えてたね。手摺りにつかまりながら立ち上がる。たぶん、これから自分が踏み出す方向も予測してるんだろう? その通りだよ。
「どうかしたんですか、ナミ先輩?」
キィ…っと足元で鉄骨が軋んだ。まるで誰かの悲鳴みたいだね。一歩ずつ前に踏み出しながら、南は無人のステージに視線を落とした。あと三歩で足場まで辿り着く。煌々とした照明が目に痛い。眇めた視線の先、如月の落としたセブンスターが転がってるのが見えた。
「幸せンなれよ」
安堵に似た呟きを最後に踵を返す気配。
「二度と知ることのない結果ってね、いつまでも…」
如月の声が脳裏に甦った。回避できた不幸、そしてもしかしたら回避してしまったかもしれない幸福。一度逃してしまった答えは、もう誰にも知りようがないから。してする後悔としないでする後悔。自分が選んだのは…。一歩、二歩、三歩。右の足場まで辿り着くと、南は宮島の手をギュッと握り締めた。
「ゴメン、宮島!」
見上げた瞳でそう囁く。次の瞬きで後輩に背を向けると、南は元きた道程を走って戻った。カンカンカンッ、とキャットウォークが甲高い声で鳴く。二十メートル近いそれを一気に渡り切って。
「倉貫ッ」
だが辿り着いた足場に長身の影はなくて。ほとんど滑り落ちるようにしてハシゴを下りると、南はステージを横切ろうとしていたブレザーに両手で縋りついた。
「ミナミ?」
正面を向かせた体に思い切り抱きつくと南はその胸に顔をうずめた。ずっと云いたかった一言。でも云えなかった一言。
「好き」
云ってもしょうがないと思ってたから、ずっと胸の中にしまっておこうと思ってた言葉。倉貫の言葉を信じたい気持ちと一緒に胸の奥底で厳重に鍵をかけてた思い。
「スキ…」
云った途端、涙が溢れた。歪んでしょうがない視界に白い照明が膨張して光の渦になる。ドウシヨウ…自分で思ってたよりも百万倍スキだったみたい。スキ、スキ…。そう云った自分の声が何度も胸の中でリピートされる。数え切れないくらい云われた台詞だけど、こうして口にするのは初めてだ。心臓が口の中にあるみたい。ドキドキしてうまく喋れない。
「後悔しないのか?」
倉貫の手が躊躇いがちに南の髪を撫ぜた。
「そんなの解んないけど…でも…」
後悔したくないからこの手を取るんだよ? たとえこの先オマエに裏切られたとしても、伝えられずに死ぬよりはずっとマシだと思うから。あの時、もしオマエを選んでたら…。知ることのない結果を抱えて生きるのはこれまでの一年七ヶ月よりツライと思ったから。だから。
「どこにも行かないで」
「行かねーよ」
倉貫の両手が背中に回される。きつく抱き締められてまた涙が溢れた。
「イイコだな、サクラ」
耳元にウィスパーを落とされた瞬間、南の中で音を立てて理性が弾け飛んだ。



「いまね、ステージ中央で大フィーバー中」
「ンまっじで?」
ギャハハハッと携帯の向こうでしばらくはやみそうにない大爆笑が起きる。そのバカ声を聞きながら瀬戸内はくるりと足場を見渡した。端に積んであったゴミ袋を二つほど、器用に片足で蹴り出してくる。
「やっべ、超見たいかもソレ!」
「語り継がれるよコレは。もはや伝説だね」
昇降口の方からポツポツとこちらに戻ってくる人波が見える。ゴミ袋を引き摺りながらキャットウォークのほぼ真ん中までくると瀬戸内は携帯を片手に袋の口を開いた。親友の恋愛成就にこれはちょっとした餞というやつ。グラウンドにギャラリーが戻ってくる前に瀬戸内は山ほどの紙ふぶきをキャットウォークからぶちまけた。花のように舞い散る紙が二人の上に降り注ぐ。たまに混じった銀紙が白い照明を受けてキラキラと乱反射していた。
「…やっぱり倉貫先輩には敵わないのか」
瀬戸内の持ってた袋の中から、宮島が紙ふぶきを一握りつかんで宙にバラ撒く。
「知ってたんだ?」
「ダテに一年、片思いしてたわけじゃないですよ」
自分が南に向けていた熱視線。けれどその先で南が密かに見つめていたのはいつもアノヒトだったから。
「もしかしたら横から奪えるかなって思ってたんです。でも逆にキッカケになっちゃったみたい」
「僕でよければ慰めてあげるよ?」
「光栄ですね。でもそれはまたの機会にでも」
ソツのない笑顔で申し出を断ると宮島は「それじゃ」と瀬戸内に背中を向けた。ウーン、見事な引き際。素直に感嘆の声を上げると繋がってた通話の向こう、観月がようやく爆笑から戻ってきた。
「いまの宮島?」
「ウン。相変わらず綻びのないヤツだよね」
「へーえ。ハルを断るオトコが俺以外にいたとはなぁ」
「あのね。誘ってないよ、観月のことは」
「エ、何で? じゃいますぐ誘ってよ、断るからサ」
「人妻に手を出すようなヤツは願い下げ」
「だーからまだ人妻じゃないって。その予定なだけで」
観月の恐ろしく勝手な云い分を聞きながら、瀬戸内はもう一つの袋の口を開けるとまた宙にぶちまけた。大量に舞う紙ふぶきの向こう、ぴったりと重なったシルエットが見える。華奢な南の背を反らせて覆いかぶさるようにキスを続ける長身。思うに南、アレ腰抜けてるんじゃないかな? それでも倉貫はその身を解放しようとはしない。イヤらしいキスをさせたら天下一品だもんね、あのオトコ。ああ、恐ろしい。
「なんでこう、僕の周囲には碌な人間がいないんだろー」
「よっく云うぜ。類が友を呼んでんだろ?」
「それはお互い様でしょ」
「で、ソッチの成果はどんなもんよ?」
「んーやっぱ三角形に刻んだのがキレイに舞うみたいよ?」
「了解。じゃ紙ふぶき班また増員しよーっと。前夜祭と後夜祭でまた派手に使う予定だしー。やっぱ一t は必要でしょ」
「僕は手伝わないからね」
「解ってますとも。キミの一言で無駄に張り切るようなヤツばーっか揃えてるから、うまく使っちゃって」
適材適所。こういうトコほんと抜け目ないよね。いま一番人手が足りない会場係の監視に自分を抜擢してくるあたり「悪徳委員長っ」と思わず褒め称えてあげたい気分になる。自分を使うイコール、それは親衛隊を名乗る連中を手足として扱き使うことに他ならない。
「オッケ、馬車馬のように働かせるよ」
少しずつ戻ってきた生徒たちがステージ中央のド派手なショーにざわめき始める。引っ切り無しに降り続ける紙ふぶきにその正体を阻まれてはいるだろうが、それも時間の問題。
「これ面白いから放って帰っていい?」
「あーも、好きにしなさい」
委員長のお墨付きを貰って。瀬戸内は中世的な顔立ちに穏やかな笑みを乗せた。唇の角度をほんの少し変えるだけで悪魔にも天使にも見える微笑み。やや口角を引き上げると、瀬戸内はクスリと悪魔の笑みを浮かべた。
それにしてもあのプライド高い男があんなコトを云うなんてね。青天の霹靂。明日は槍でも降るんじゃないの? 半ば本気でそう思ってしまう。あのオトコからあれだけの言葉を引き出してしまった責任を果たして南は解ってるんだろうか。もう逃がしてもらえないよ? さっきのが最後通告。それを跳ね除けてしまったからにはもうすべてが手遅れ。南がどんなにイヤって云っても、許してって云ってもあの王は二度と王子を手放さないだろう。
「セキニン重大だね、南」
見上げた空の端に一番星を見つけて、瀬戸内はフワリと柔らかい笑みを見せた。


prev / next



back #