No future ? #2



「テメェ、何伸びてんだよ…」
「成長期真っ盛りにムリ云うな?」
トーゼン、無理を言ってるのはこっちだって百も承知だ。けれどムカつくもんはムカつくのだからしょうがない。
さすが思春期、成長期ですね、つーかそんだけありゃもう充分だろーよ…。ようやく少しは差が縮まったかと思ったのに、これでは元の木阿弥だ。まるでイタチごっこじゃねえか。
春の測定時には172だった身長が2センチ伸びていたのを知ったのは今日の朝のこと。生理痛だと云い張る早乙女に付き合って訪れた保健室で、クスリを受け取るまでの僅かな間のヒマ潰しとして乗った測定機。
『172→174』
定規で見れば小指の先ほどの違いだけれど、匡平にとってそれは小春日和の気候をまんま脳内春にしてくれるぐらいには有り難く喜ばしい事態だった。たかが2センチ、されど2センチ。早乙女にはサンザン笑われたけれど、でもそのたかがが匡平にとっては何よりも重要だったのだ。
なのに結果、これかよ? 道理で目線の位置、変わんねーわけだよな。正直その辺はちょっと疑っていたのだ。階段を上ってきたアイツとぶつかりそうになった瞬間、掠めた肩の位置。見上げた時の首の角度。
『180→182』
これでは何も変わっていない。せっかく少しはアイツに追いつけたかと思ったのに…。
「あーあ…」
予感があったとは云え、いざその事実を目の当たりにしてしまうとなんだか何もかもが急にどうでも良く思えてきた。
たかがでもいい、少しでもいいからアイツに追いつきたかったんだ。けれど8センチの差はなかなかに縮めることが出来ないものらしい。
「たかが身長だろ?」
「…オマエがたかが云うな」
来たばかりだというのに「ちょっと仮眠してくかな」ベッドに腰を下ろした長身を恨めしげに見下ろしていると、それを見遣った英嗣の口元が苦笑とともに飲み込んだ台詞。
「春日?」
それが見つめ返した瞳の中にフワリと浮かんでて。
匡平は堪らず視線を逸らした。ああ、解ってるよ…。身長だけ追いついたってしょーがないって。そうは思うけどなんか焦るんだよ…。目的持ってバイトして金貯めて、そうやって着実に前に進んでくオマエを見てると、このまま自分は置いてかれちまうんじゃないかって不安になるんだよ。
いつでも対等に、その隣りに立っていたいから。だから少しでもオマエに追いつける術が欲しいんだ。僅かな自信でもいい。例え心もとないロウソクの火であっても、暗い洞窟の中では何よりの支えに、道標になるだろうから。
「焦ったってしょーがねえだろ。俺は俺でオマエはオマエなんだからさ」
「…解ってるっつーの」
そんな解りきった正論が聞きたいわけじゃない。こんなのオマエには関係ない、自身で解決するしかない問題だってのも解ってる。そう、解ってるから。だから焦るんだろう…。
踏み出したいんだ、未来に一歩を。いまこの瞬間にでも、前へと進む手立てが欲しい。見える景色を、変えたいんだ。
スタートダッシュを切って進むオマエの背中が、未来に埋もれて見えなくなるその前に。
「オマエってさ、将来何になるヒト?」
「そりゃ、世に有意義なお仕事するヒト」
「ホストとか?」
「ソレ本気で云ってる?」
「八割方」
「じゃしょーがねえ。目指すかな、ホストの星でも」
はぐらかされる回答も、ビミョーに的をずらした質問も。
繰り返されるだけで進展の色はない。別に手を引いて何処かに連れてって欲しいわけじゃないんだ。知りたいのはただ一つだけ。
「げ、つめた…」
今頃になって床の冷たさが靴下を通して身に沁みてくる。さすがに寒いですね、まだ冬ですもんね…ベッド脇に転がってたコンバースを少し屈んで蹴り出したところで「カスガ」俯いた視界に差し入れられた指先が、チョチョイと上を向くよう拱いた。全面シカトでコンバースに右足を突っ込むと、今度は実力行使。
「なっ…」
パーカーのフードを強く引っ張られて傾いだ体を英嗣が受け止めた。そのタイミングを計っていたように。
イエロー・サブマリン。
モッズコートの内側で鳴り出した携帯が一瞬で目の前のオトコの意識を攫っていく。子供をあしらうようなキスを一つ、首筋に残してベッドを離れていく長身。「もしもし…」と低めた声が扉の向こう側へと消えていくのを見送りながら。
あー、まただ…と思う。
何度こうしてあの背中を見送ったことだろう?
いつか本当にアイツがどこかへ行ってしまう、その背中をこの目で見送るぐらいなら。
いっそ、いまこの場でUターンしてしまおうか?
そう伏せ目がちに語られる弱音を。
「…逃げてどうすんだよ」
見上げる視線で否と切り返す。そこまで自分が弱いとは思わないから。いや、強いと信じていたいから。それを証明するための手段が欲しいんだ。 
「危なかったわね、あたしの隣りでチチクリ合い始めたらブチ殺してやろうと思ってたわ」
ふいに湧いた声に思わずベッドからズリ落ちかける。
「早乙女サン…?」
「まったくもう、ウカウカ昼寝も出来ないったら!」
シャッと勢いよく引き開けられた隣りのカーテンから、さっき教室で見かけたばかりのクラスメイトの顔が現れる。自分の記憶が確かならば、入り口の退出記録は早乙女の名前で終わっていたような気がするのだが。
「春日は窓が何のためについてるか知らないの?」
「…オマエな」
少なくとも保健室の窓はオネエの不法侵入を許すためについているのではないだろう。ってなコトを諭したところで無駄なのは云うまでもなく。
「それにしても相変わらずねー、あのオトコ」
「あ?」
羊毛に縁取りされたコートを片手、カーテンから出てきた早乙女がクスリと口元を笑わせた。
「あの電話。朝のHR中に鳴って、そのまま一限を待たずに帰ったって話もあるわよ」
それはたぶん、先週の木曜の話だろう。帰りのスクールバスでたまたま一緒になった若菜に、匡平は六組で起きた事の次第を聞かされた。放課後、一緒に買い物に行くはずだった予定を「悪い、先送りさして」メールの一言で反故にされたのは去年に引き続きあれが三回目。ったくよ…。
「知ってるよ、若菜に聞いたし。でも、いちおう単位の計算はしてるから抜かりねーって…」
「そういう問題じゃな・い・で・しょ?」
…どうしてもソッチに持ってきたいってワケね。
野次馬根性、の五文字がアリアリと浮かんだ顔で早乙女がフフフと不気味な笑いを浮かべてみせる。アイツ待たずに帰ろうかな、もう…。ベッドの下に転がってたコンバースを片足で引き寄せたところで。
「キャハ!」
早乙女がスパーンとそれを薬棚の下に蹴り込んだ。続いて残りのもう一足が、今度は右のポストを掠めて狭いゴールマウスへと吸い込まれていく。
「……ナイスシュート」
「さ、話してご覧なさい。このサオトメさんに!」
話したくねー…。ヤジウマモードに入った早乙女がどれほど厄介かはもうこの数年でイヤというほど体感させられている。ちょっと零しただけのグチが一時間後、どんなスクープになって校内を駆け回っていることか。考えただけで背筋が寒くなる。これはもう完全黙秘の構えでいこう。無言のままパイプのベッドヘッドに背凭れたところで「春日の浮気、デッチ上げて蓮科に云っちゃうわよ」早乙女が世にも恐ろしい脅しを吐いた。オマエどんだけ腹黒いんだ…。けっきょく語らされた胸の内、笑うかと思ってた早乙女は予想外。
「…春日ってホント春日ね」
呆れた気配で溜め息を一つ吐き出した。なんか、それはそれでムカツクんだけど…。クソ…。
「何だよ…」
「らしいっちゃらしいけど。春日って真っ直ぐ走ることしか知らないのね。だいたい蓮科のゴールが何で、どこを目指してようと変わらないじゃない。要は自分よ?」
「だからそのために俺は…っ」
「あいつに置いてかれたくないとか、そういう観点で見るから濁るのよ。目が」
アイター…。あまりに痛いトコを突かれてグウの音も出ない。けっきょく甘えてたのは自分の方なんだ。この先誰に置いてかれたとしても仮初めのゴールを目指してたんじゃ一生かけても追いつけやしないだろう。迷い道だらけで報われないかもしれない。苦しけりゃ、苦労すりゃ、いーってもんでもない。どんなに頑張ったって認めてもらえない可能性すらある。でもどんな経験だっていずれ骨になり、この身を支えるのに役立ってくれるだろうから。自分が信じ、歩みたいと思った道なら。
「その過程を走りたいって思うのが春日なのよねぇ。あたしなら断然スキップで行きたいわ、どこに向かうんでも」
「あー…走った方が景色が流れるじゃん」
「その分イロイロ見落とすんじゃないのー?」
「かもしんねー」
でも、きっと。走らないと掴めない何かが欲しいんだ。それがキーワード。後はじっくり掘り下げていくしかない。自分自身、どこへ向かいたいと思っているのか。
「サンキュ」
小声で云った礼をまるで聞こえなかったような口調で「あーあ、オチオチ昼寝も出来やしないんだから!」早乙女の背中がヒラリと窓から消えるのを横目、気付いたらずっとパイプを握り締めてた掌を解く。この手に、掴みたいと思ってるもの。世界のどこかにあるだろうソレを思うとなんだか急に胸が熱くなった。
「カスガ、走りはじめたら俺のこととか全部忘れそう」
いつからそこにいたのか、死角になっていたカーテンの影から携帯を手にしたイロオトコが現れる。
「見向きもされなくなりそうで怖いよ」
「おまえがつまんねーオトコになったらそうなるぜ?」
「オーケイ、肝に銘じとこう」
それは自分にも云えることだから。お互いさま。
「ん…」
ギシッ、とスプリングが軋んで。降りてきた唇を素直に受け止める。熱を絡めながら逸る鼓動を持て余して、太い首筋に両腕を回す。四限、必修じゃん…とか思いつつ。
「カスガ…」
解けない腕。微熱じゃ済まなくなりそうな予感、それすらが自分を駆り立ててくれるから。いいや、このまま突っ走っちまえ。キスから逃れたほんの数秒で「…なあ」強制されたってゼッタイ云わないような言葉を囁く。英嗣の口元がみるみる悪魔的魅力に縁取られていって。
「なら手加減しねーぜ?」 
真っ白になった視界。ハレーションで立ち消えそうになってるスタートラインを蹴って走り出す。見える未来はどれも真っ白。そこに色をつけるのは、きっと。
いまこの瞬間次第だから。


ちなみに保健室の扉から「不在」の札が外されるのは。
それから約一時間後の未来。


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