friends again
#4
「よう」
振り向く間もなく、つかまれた二の腕。
一瞬後には、薄暗い器楽室に引きずり込まれていた。
「きてるとは思わなかったよ…」
「嘘つけ、ずっと俺を捜してたくせに」
痛いぐらいに肩をつかまれて背中を扉に押しつけられる。
ギチっという骨の音が聞こえた。
縦に細長く奥行きのある部屋。奥の窓から差し込む光が目に突き刺さって眩しかった。それを遮るかのように、覆い被さってきた体に唇を塞がれる。シャツの裾を乱暴に抜かれて隙間から這い上がった手が直に肌を這い回った。
「てェ…」
無作法な唇に噛みついてやる。
密着してた体の間にわずかに細く隙間ができた。ようやく侵略じみたキスから解放される。口の中に血の味が広がっていった。
いちごジャムとはほど遠い塩辛さ。深草の血を味わうのはこれで二度目だ。
「頼むから抵抗してくれんなよ」
「こんなコトされて抵抗しないやつがどこにいんだよ」
「違げェって。んなことされたら、こっちが余計に燃えるっつってんだよ」
滴る血をのぞいた舌が拭い取る。
まるで獣の舌なめずりだ。背筋がゾクリとした。
「悪いな、手のウチ見せたからにゃ本気でいくぜ」
「あ…っ」
シャツの前を力任せに開かれ、いくつものボタンが床に弾け飛んだ。
硬い床に押し倒されて素早くベルトを引き抜かれる。そのベルトで両手を一つに束ねられた。
「助けを呼ぶならいまのうちだ。最も叫んだところで誰にも聞こえやしねーだろうが」
「!」
割れるようなギターの音が、深草のセリフの語尾をかき消した。
なにもかも計算済みってことかよ。器楽準備室の真下は多目的ホールだ。
深草の手が服の上から僕のものをつかんだ。
「おまえを傷モノにしてやるよ」
こんな時でも余裕の笑顔を浮かべてるその顔。ヒトを強姦する時の顔がそれ?
性急に動きはじめた手を止める手立てもなく、僕は深草に犯された。
日が暮れるまで何度も、何度も。
オトコって悲しい、そして健気な生き物だと思った。
誰かを一心に崇めたがるのは、自分が穢れてると感じてるからだ。
そうすることで己の潔白を信じようとする。
唯一無比の正義、その捏造。
同時に、盲目的な崇拝で得られる安息は麻薬と同じだ。そのぬるま湯に浸ってた僕を、底無し沼に引きずり込んだのはおまえだよ、深草。
「穢れてる者は所詮、穢れてる者としか交われないんだよ」
鉄臭い匂いが充満してる。最初に切れた時の出血量が予想をはるかに上回っていたようだ。
局部の痛みは麻痺した体ではすでに感知できない。放置されたままの白濁。そしてその青臭さを凌駕して止まない、噎せ返るような血の匂い。
不当な熱気で暖められた部屋にそれがぐるぐるとうねりをつくっていた。
あの時に似てる。
無残に割れた窓ガラス。転がるボール。
僕を庇った腕には無数の破片が食い込んでいて、深く刺さったいくつかの傷口からポタポタと床に血が滴ってた。血のプールに玉砕していく何枚ものハンカチ。日溜りで暖められた空気が教室中に血生臭い匂いを供給してたっけ。
「大丈夫だったか?」
おまえの腕の方がよっぽど「大丈夫?」だよと思いながら、僕はひたすら頷いてた。
僕の顔にも、深草の顔にも血が撥ね飛んでた。
あの時、おまえは自分を貶しめたのか?
目の前に投げ出された腕。そのあちこちにまだいくつもの傷が残っている。四年の歳月を経てなお、生々しく自己主張を続ける深い傷痕。
急に視界からその腕が消えた。
「かなり切れたな。見せてみろよ」
触れられてさすがに痛みが走る。すぐにその這い回る感触が何であるか知った。
労わるような舌先に傷を嘗め尽くされる。
「……僕を傷ものにできて満足かよ」
「いーや全然。これくらいじゃ、まだまだ足りねーなぁ」
中に指を捻じ込まれた。切れた個所から引き攣った痛みが沸き起こる。
僕も自分を貶められたろうか。
「なら、好きなだけ抱けよ。飽きるまで何度でもな。その代わり、何度抱かれても」
どんなことをされても。
僕はおまえを「友達」と見做し続けてやる。
受け入れてなんかやらない。
振ってもやらない。
おまえの気持ちを無視し続けてやる。
諦めさせてもやらない。
友人以上でも以下でもない。格下げも格上げもしてやらない。
一生、友人だと見做し続けてやる。
死ぬまでずっと。
冷たくそう云い放つと、あいつはニヤリと笑って再び僕の上に圧し掛かってきた。
「俺はおまえのそーいうとこが好きなんだよ」
笑いながら重ねられた唇。濃い血の味を口移しされた。
「…………」
その瞬間に思い出したセリフ。
おまえなんか…。
報われない想いに囚われて、底無し沼を永久に這いずり回ってればいいんだ。
偶像なんか貶めて手に入れればいい…。
それを実践したおまえの罪がここにあるはず。
返せよ、僕の自尊心を。
「末次の唇って、橘の唇に似てるよなぁ」
いつかのセリフをなぞるように。
舐るような響きでそう囁くとあいつはより深く貪るようなキスで僕を穢した。
いちご嫌いの叔父のために。
週末ごとにジャムを作り続けてた叔母の気持ちが、少しだけ解ったような気がした。
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