friends again #1
「ざまーみろ」
云うに事欠いて、だ。
アイツはそんな言葉を投げつけてきやがったのだ。
云うか、普通。フラれて傷心の親友にだよ?
云わないんじゃないかなぁ、普通はさ…。
咄嗟に言葉を失った僕を見て、アイツは意外そうに眉を引き上げるとオーバーに肩をすくめた。
「あれ、もしかして慰めてもらおうとか思ってた?」
「……別に思ってないけど」
性格悪いのは知ってるよ。根性曲がってるのも知ってる。知ってたけど――。
それってこの場面で云うようなセリフ?
って云うか、云っちゃっていいセリフかよそれ。ヒトとしてあり?
僕の中では限りなく不可なんだけれども……。
「けど、なんだよ?」
「だからって傷口に塩すり込んでくれとは、さすがの僕も云ってないよ」
「あ、悪い。それ俺の趣味」
「……だよね」
それもよーく知ってるって。
学内だけでどれだけ敵作ってるか知れない人格だもんな。「月のない夜道にゃ気をつけろ」っておまえのためにあるような言葉だと思ってるし。それでもどっか憎めきれない何かが。
何かがあるからこうして一緒にいるんだと思ってた。
それって僕の勘違いだった?
そう思った途端、五トンの錘がドカンと頭の上に落っこちてきた。
なーに、これがよくある「親友ゴッコ」の終幕ってやつだよ
ほら見てごらん、スルスルと緞帳が下りてきてるだろう?
誰とも知れない声がどっかでほくそ笑んでる。
「なに黙ってるの。仮性マゾが設楽にフラレて真性マゾになっちゃった?」
「…………」
向かいの窓ガラスに映った自分が「ガーン」って顔してこっちを見ている。かなりのアホ面。そして、その隣で楽しそうに首を傾げながら笑ってるヤツ。
深草ってこんな意地悪く笑うヤツだったっけ?
いや、こういう顔をほかのヤツに向けてるのは隣で何度も見てきたけど、それが自分に向けられる日がくるとは夢にも思っていなかったから。ちょっと動揺…。いや、かなり動揺? 頭の中でシンバルがガンガン鳴ってる感じ。その振動が指先にまで走ってるみたい。
ジンジンする…。
「もしかしてショック受けてる?」
そりゃあ、やっぱショックでしょうよ。
人を傷つけて楽しむコイツの娯楽に、まさか自分まで含まれてるとは思わなかったから。
「じゃあもう一度、云っとこうかな」
駅名を告げるアナウンスが流れて、長い車体が曲がりくねったホームへと緩やかに滑り込んでいく。
減速に伴う揺れに乗じて、深草の右手が僕の肩をつかんだ。
やがて止まった電車が、プシュゥーっと音をたてて扉を開く。
昼前の中途半端な時間。
この時間の、逆方向利用者数なんてたかが知れてる。
隣りの車両に制服姿の男子高校生がいて、逆隣りの車両に買い物袋抱えたオバさんが座っててどちらも現在、健やかに居眠り中。
駅に降りた人が一人、僕の視界を左から右へと横切って行った。見られたとしたらあの人ぐらいなものだろう。
呑気なチャイムが聞こえて、電車が発進するまでのちょっとの時間。
ほんの数秒。いや、数十秒?
僕は深草に唇を塞がれていた。
深くはないけれど、触れるだけでは収まらないキス。
濡れた感触を唇に残して、深草の唇が離れていった。
なにソレ?
窓ガラスの中できょとんとしてる僕と目が合う。
「ざまーみろ」
タタン、タタン…という単調な車輪の音に紛れて。
深草はもう一度そう云うと、僕の唇を親指で拭いニッコリと笑った。
僕が失恋どころじゃなかったのは云うまでもない。
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