classmates no delicacy

but nice people #4



「終わったぜ」
小松原から受け取ったディスクをそのまま胸ポケットに滑り込ませる。
「サンキュ」
「つーか蓮科の過保護もイキ過ぎじゃねえ?」
「まあ、そう云うなって」
杞憂で終わるならそれでイイ。だがそうではないと知っているからこそ、打つ手はすべて打っておきたいのだ。現に如月はカスガ狙いなのである。さきほどの牽制がどれだけの抑止力を持つか、女王相手では甚だ疑問だが思わず釘を刺さずにいられなかった。

「うちの王子に手、出さないでくださいね」
「あらバレてたの?」
「場合によっては容赦しませんよ」
「イヤだ、ずいぶん過保護なのねェ」
そうか。聞き覚えのあるフレーズだと思ったら。ついさきほど、如月にも云われたばかりの台詞だ。耳が痛いといえば痛い。
「何も守るばかりが愛じゃないでしょ。少しは信じてあげればいいのに」
「貴女みたいなオオカミがいなければそうしてますよ」
「バカね、猜疑を持って見れば何でも疑わしく見えてくるものよ」
「それでは潔白を主張なさる気で?」
「いいえ、あたしはクロですもの。正真正銘のね」
確信に満ちた笑みで口元を彩りながら、白い指先が二本目の煙草に伸びる。
よりによってまたキツイのを嗜んでいらっしゃる。
「体に障りますよ」
咥えかけた煙草を横合いから奪うと、英嗣はそれを元通りシガレットケースに収めた。如月の視線が間違いなく自分の方に向けられたのを確認してから、ゆっくりと視線を合わせる。
「妊婦の喫煙はあまりオススメしませんけどね」
「あら、アタシの体に口出しする気?」
予想通り否定も肯定もしなかった唇には、さっきよりも艶やかな笑みが刻まれていた。

「そんなに大事か、アレが」
「当然だろ?」
「うーわアテられそう。俺としては半年で破局に賭けてるんだけどねー」
「そりゃ読み違えたな」
アイツを手放す気なんかこれっぽっちもない。
例え心底、嫌われたとしても、いまは手放せる自信がなかった。どうすれば手元に置いておけるか。そればっかり考えている。恋愛ごとってこんな熱いモンだとは思ってなかったんだけどな。
でもこれはこれで悪くない。むしろヤミツキ? …かもしれない。
「悪かったな、時間とらせて」
「報酬、期待してんぜー」
「なら小細工がバレないよう祈っててくれよ」
マニアの小松原の所為ですっかりパソコン機器に埋め尽くされた軽音部の部室を後にする。
私用はあらかたこれで終わりだ。あとはリベロの仕事を残すのみ。
パーカーのポケットに突っ込んでいた缶コーヒーを引っ張り出すと、硬いプルタブを爪で引き起こす。ブラックの苦味とともに眠気をも飲み込むと、英嗣は委員会本部に足を向けた。プーマの底が磨り減るのも構わず、アスファルトにざらざらと靴底を引き摺る。
「あれ、ヒメ」
体育館経由で本校舎に向かう途中、ロッカー前でちょうど姫城の後ろ姿を見つけた。
その背中が一瞬、泣いてるんじゃないかと思う。儚い輪郭線。華奢な手足がいまにも天窓からの木漏れ日に溶け込んでしまいそうに見える。
「何?」
振り向いた姫城の目に涙はもちろん、悲しみを感じさせる残滓はどにもない。けれど。
「なあ、頼むから引っ掻いてくれるなよ…」
先に一言断りを入れてから、英嗣は白い頬に片手を添えた。何をイキナリとばかり姫城の両目に怪訝の色が浮かぶ。
「ウツギに泣かされたら云えよな、俺に」
「何で」 
「だって親友じゃん、俺ら」
見開かれた大きな丸い目がその「二文字」で一気に眦を下げる。呆れたような笑み。そして、いつになく柔らかい微笑み。
「むしろアタシが泣かすって話よ」
「そいつは頼もしいな」
姫城の顔に不敵な笑みが浮かんだのを見て取り、英嗣はようやく白い頬から手を引いた。
「そしたらウツギ先輩を慰めてやってよ」
「オーライ。頼まれた」
高三キング最後の一人、現執行部総議事長・空木嵩人を泣かすとはなんとも殊勝な心がけである。姫城に水色のディスクを無事に託すと、英嗣はまたぞろプーマの底をタイルに引き摺った。



「姫城」
貫禄に満ちた低い声。
不在を確認して忍び込んだ部屋で、いないはずの人間に呼び止められる。
「昔のオトコにほだされてんじゃないわよ」
自分の迂闊さを呪うというよりも、むしろやっぱりという安堵感、そして失望とが胸を占めていた。年の差の分だけ敵わない点というものはやはりある。
「如月先輩こそ血統書つきに色気出してる場合じゃないですよ」
ここで容易に騙されてしまうような、そんな人物ではあってほしくない。けれど今日だけはその目を掻い潜りたかった、と心底残念に思う。差し出された掌に水色のディスクを乗せると、姫城はすべての審判を女王に預けた。
「願わくばってところよ」
「所詮はシツケのなってないバカ猫ですよ?」
「アラ。手錠とか拘束具とか、やたら似合いそうな素材だと思わない?」
「…審査項目に入れたんですか、ソレ」
「残念ながら却下ですって。事前にどっかのバカに漏れてね。観月に阻まてれるようじゃアタシも落ちぶれたもんよねェ」
本部企画の一部として行われるコンテストも今年で三度目を迎える。
前夜祭までに募ったアンケートの結果、学年ごとに上位三人までが強制的に選出されるシステムも例年通り変わらない。本部企画ということで一切の拒否権がないこと。実行委員はその対象から外されるということ。去年、二位に入った蓮科は身をもってそれを知っているはずだ。
蓮科に限らず、去年の出場者がこぞって委員会に輩出された今年はかなりの混戦が予想されていたが、幸いとも云うべきかどの学年も人材には事欠いていない。蓮科の予測通り、高一の王子様は今年見事ベスト3の座に輝いていた。
それを改竄するべくの実行委員入りってわけ? 相変わらずあのオトコの地球はカスガを中心に回っているようだ。確かに料理審査だの、演技審査だの、歌唱審査だのと、ワケのわからない項目に溢れたコンテストは見世物以上の代物には成り得ない。あれで賞品が豪華でなければエントリー者のボイコットが相次ぎ、企画自体成り立っていやしないだろう。そのへんは委員会もバカではない。優勝者の「クラス」にはさまざまな特典が与えられるのだ。ゆえにクラス対抗戦の様相をも呈したこのイベントに、各クラスがかけるボルテージは当然高い。
「ある意味、驚くべき健気さよね。そうまでして守りたいモノ?」
「さあ。恋は盲目ですから」
ノラリクラリと、発火点の高いオトコ。その男に消えない炎を点したのは。
「オッケ、見ないフリしてあげる」
「倫理係の係長が?」
思わず、疑わしい声が零れてしまう。如月が鈴を転がしたような笑い声を上げた。
「今回だけは特別ね」
如月の長い指がつかんだシガレットケースをゴミ箱に放り入れる。
「あのフェミニストぶりには正直、舌を巻くワ」
「…エ」
「じゃあ、各クラスの報告から聞くわよ。H2-1はどう?」
逃した言葉を如月が繰り返すことはない。
「えーと、カジノはいまのところ健全路線を貫いてますね。アソコには内偵を送ってるんで、むしろ危ないのはH3有志のトトカルチョの方かと…」
姫城は持っていたファイルを開くと、各有志・クラスの準備経過、ならびに違法・不正の有無、そしてその危険性についての報告レポートを読み上げはじめた。



「好きだ」
うつ伏せたまま荒い息を整えている耳元に舐るように囁いてみる。
愛してるとか好きだとか。
数え切れないほどこの耳に囁いてきた。だが返ってくるのは決まって同じ台詞。
「…んな言葉いらねーよ、体だけくれりゃそれでイイ」
それ以上の価値なんかどこにもないから。瞳が、仕草が。それを裏付けるかのように倉貫を見つめ、そして腕を絡めてくる。
茶色い瞳のプラスチックのような輝き。オートマティックに開く唇が倉貫のソレに熱く重なる。
ねだるようなキスに応えながら、細い髪に指を絡めて甘い香りの舌を味わう。あの時、もしキスでもしてたら春日もこんな味がしてたんだろうか。そんなことを思いながら柔らかい舌の感触を堪能する。
「も…っかい、したい」
「いいのか。今頃、委員会が探してるぞ」
「いいよ、そんなの……ね、徹」
腕の中にいる時だけ、この時にだけ呼ばれる名前。そして呼ぶ名前。
「サクラ」
舌っ足らずな要求に応えるように名前を呼んでやると、途端にたまらなくなったように南の睫毛が小刻みに震えた。
「んっ…」
震えた指先が首筋にキツく縋りつく。さきほどの熱も冷めやらないまま、新たな熱がそこかしこで生まれる。それを擦り合わせるかのように狭いカウチの上、南の体が淫らに身悶える。
「櫻、イイコだ。サクラ…」
続けて何度も呼んでやると、それだけで果てそうなほどに陶酔した表情が美貌を侵食する。こうなるともう理性の欠片もない。熱を帯びた体が何よりも南自身を苛むのだろう。ホロホロと零れ落ちた涙が倉貫の胸に立て続けに散った。
「ほら、乗れよ」
「き、騎乗位っ…は、ヤっ」
「ワガママ云うなよ」
逃げようとした体を押えつけて下から少しだけ咥え込ませる。ローションで濡れた入り口に先端部を割り入れると鼻にかかった甘声が漏れた。
熱い。ヒクヒクと震える内部がいまにも倉貫を呑み込もうとする。貪欲な収縮と耐えがたい疼き。目蓋の裏がハレーションを起こした。
「く…っ」
「ぁ…待っ、て」
思わずひきかけた腰を追いかけるように、南が深く体を沈めた。ゴムのツルリとした感触越しに凄絶な締め付けが倉貫を襲う。動かしてもいないのに近づいてくる臨界点。一度イッててこれだ。南を学校で捕まえたのは間違いだったかもしれない。
目前の大波をなんとか乗り切ると、倉貫はゆっくり腰を使いはじめた。同じリズムで南が甘い吐息を撒き散らす。
「んっ、ぁあっ…ゥン…んっ」
大きな瞳が瞬きを繰り返すたびに大粒の涙がボロボロと零れ落ちる。
滴るほどに濡れた声。
「櫻…サクラ」
こちらの声などもう聞こえてやしないだろう。苦しげに眉を寄せながらも下からの突き上げに細い腰を揺らし、夢中で白い喉を喘がせる。
相性で云えばこれほど合う相手とは出会ったことがなかった。オンナとやるより、他の誰とやるより感じる…。そんなこと知りたいと望んだわけではない。あの日、あの時、あの瞬間、二人出会わなければよかったのだ。そうすればこんなことにはならなかった。
なんて不幸な出会い。自分にとっても、南にとっても。
「あ…、んっ、ンん……やッ」
「ほら逃げんなよ」
「ヤメっ、…そこ、触んな…ィ、で」
「嘘つけ、ホントはこれぐらいシて欲しんじゃねーの?」
「あ、ああァッ」
ゴムの中で汁塗れになった先端を指先で抉る。同時に裏筋の膨らみを爪先で引っ掻いてやると喘ぎのほとんどが引き攣るような泣き声に変わった。
いまだけ。この人形のように整った顔を快楽で歪ませられるのも、泣いてイヤがるのを無理やり従わせるのも、じゃらして馴らして猫のように甘やかすのも、いまこの瞬間だけ。
ここを出ればいつも通り。犬猿の仲だ。
「サクラ」
いくら云っても受け入れられない、意味のない台詞。そう頭では解っていても。
「アイシテル」
「あ、アァ…っ!」
呟きにも満たない台詞と同時、弄り続けていた先端がゴムの中で弾けた。断続的な痙攣と耐えがたい締め付けが倉貫を襲う。続いてすぐに倉貫も南の中で絶頂を迎えた。



軽いノックの音。
しばし間を置き今度は三度、扉が乾いた音を立てる。
「早かったな」
鍵を開けると、細い隙間から黒いフードをスッポリ被った無骨な長身が滑り込んできた。
纏わりつく憔悴の影がさっきよりも色濃く感じられる。委員会のことだ、また無茶でもさせられてたんじゃないのか? だがそんな心配を口にするよりも前に、匡平は覆い被さってきた影に唇を塞がれていた。昼前のキスなど比べ物にならないほど、逃げ場のないキス。
「…ゥ、んンッ」
逃げられないキス。それを最後まで受け止めさせられ、匡平は解放されるなり黒いパーカーに両手でしがみついていた。膝がまるで使い物にならない。いや、膝どころの話じゃなくて。パーカーから滑り落ちた手を英嗣がつかみ上げる。指と指の間に食い込む英嗣の体温。
「オマエな…」
「悪い、もう限界…。充電さして?」
云うそばから英嗣の手が匡平のシャツを抜き、裾から中へと入り込んでくる。性急な手つきで直に肌をまさぐられ、匡平の濡れた唇が小刻みに震えた。
「まさかオマエ、このためだけにこの部屋…」
云いかけた台詞をそこでやめたのは、もちろん納得したからではない。
黒いフードの中で子犬のような視線が匡平のことを見つめていた。なんだよ、その反則ワザはよ…。参った。見捨てらんねーじゃんかよ、チクショウ。
熱い掌が円を描くように乾いた肌を撫でる。
ザワザワとしたものが胸の奥でしきりに鳴き喚いていた。
「どうしてもイヤならやめるぜ?」
匡平を窺う視線が胸から上へとゆっくり昇ってくる。熱い視線、熱い体。
熱望と、欲望。その狭間で。
「…オマエだけだとか思ってんじゃねーぞ」
匡平は黒いパーカーに片手を差し入れると、熱く火照った英嗣の胸に直接、掌を押し当てた。
重なる視線。
目線はそのままに向き合ったベルトとジーンズに手をかける。金具の音がやけに響いて聞こえた。英嗣の指が胸の尖りを転がし軽く爪を立てる。その刺激に片目を眇めつつ、片手で脈動の芯を捕えると匡平は空いた手で黒いフードを後ろに落とした。太い首筋に片腕を回し、背伸びして下から唇を啄ばむ。英嗣の手がカーゴパンツの隙間から直に腰骨のラインを辿った。そのまま下着の中にまで入り込んだそれがギュッと片側の肉を掴み締める。
「んっ」
思わず逃げかけた体と舌とを、追われて共に大きく割られる。負けじと下着越しに太い脈動を擦ると、英嗣が喉の奥で低く笑うのが解った。何も欲求不満はオマエだけじゃねーんだよ。考えてみりゃ、一週間以上もヤッてないのだ。どっかの誰かさんが多忙で捕まらないおかげで。
「覚悟しとけよ」
爪先立ちで耳元に宣戦布告を叩き込んでやる。
「そっちこそ」
ニヤリと歪んだ口元が匡平の首筋に軽く歯を立てた。


「春日、ガムの自棄食いしたろ」
「あーしたよ、昼に。早乙女の手料理、食わされたからな」
「なるほどね、それで間違われたってワケか」
キスのたびに舌先を甘く痺れさせた桃の香り。南を抱いたらこんな感じがするのかと、思わず考えてしまうほどに匡平の体にはピンク色の陰が纏わりついていた。
「それって、まさか」
「俺も真相は知らねーよ。ただ」
一度だけ情事の後に出くわしたことがあるだけだ。
ちょうどいまの匡平のように、しどけない姿でソファーに横たわる南の横ではだけた制服姿の倉貫が紫煙を燻らせていた。目が合うと少しだけ笑った倉貫が「行けよ」と顎で退却を促した。ただそれだけのこと。
開け放した窓から急にワッと歓声が聞こえてきた。それとほぼ同時に匡平の携帯がけたたましく鳴りはじめる。
「ちょっとアタシ、二位なんだけど!」
「ハア? 何が?」
「なにがって学祭コンテストよ!」
早乙女のバカ声が窓際の英嗣にまで筒抜けで聞こえる。もうそんな時間か。昇降口前の人だかりが目に浮かぶようだ。改竄前からベスト3に食い込んでいた早乙女はそのまま無事にノミネートとなったらしい。そして肝心の小細工の結果はというと。匡平を見る限りどうやらこちらも無事に成功を収めたらしい。
如月に云われた三文字が脳裏をぐるりと一周半する。
形振り構わずなんてガラじゃないと思ってたんだけど。まあ、それも悪くはねーよ。
長くなりそうな早乙女の意気込みを片手で断ち切ると、英嗣はそれをソファーの上へと放り投げた。振り向いた血統書付きの濡れた唇に心地よい酩酊の気分を味わう。
…やべ、充電足りてないかもしんない。


確信に満ちた予感を胸に、英嗣は甘いキスに溺れた。


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