HATE #4



 雷だッ。
 虫と高倉と並んでオレの大っ嫌いな雷だ!
 体中に悪寒が走ってパジャマの内側を冷や汗が流れはじめる。


 昔、こんな台風の晩にオレは一人で倉庫に閉じ込められたことがあった。
 例によってオレの悪事を見つけたばーちゃんがお仕置きだといって庭の倉庫に連れて行ったのだが、そこでまたも忘れられてしまったオレは泣く泣く倉庫の中で一晩を過ごしかけたのだ。
 いま考えてみても無責任なばーちゃんである。
 だが幸いにも日付が変わる前に気づいたばーちゃんは暴風雨の中、傘もささずに迎えにきてくれた。裸足の両足を泥だらけにして、ゴメンなと泣きながら何度も抱き締めてくれた。オレはそんなばーちゃんが大好きだった。そのばーちゃんも中三の冬に呆気なく死んじゃったんだけどね…。
 だがおかげでいまでも雷の音を聞くと、暗闇に取り残された恐怖が蘇って、オレはいても立ってもいられなくなってしまうのだ。
 この点だけは恨むぞ、ばーちゃんッ。


 雷鳴が鳴り響くたびに引き攣った悲鳴が漏れてしまう。
 噛み合わない歯がガチガチと音をたてる。
 誰かそばにいてくれればまだマシなのだが…。
「怖いのかよ」
 高倉の言葉に返事もできず、オレは必死で毛布につかまっていた。
「ああそっか、雷も嫌いなんだっけ」
「ウル…っセ…」
 なんでコイツはいちいちオレの弱味を知ってるんだよ!
 高倉に対する憤りで一瞬、恐怖を忘れかけたが凄まじい雷鳴がすぐ近くで轟いてオレの頭は真っ白になっていた。
 怖い、マジで怖いって!
「一緒に寝てやろうか? こっちこいよ」
 ぬかせ、誰が行くかドアホッ。
 だいたい寝言は寝てから云うもんだって世の中相場が決まってるん…。
「ヒ、ァっ」
 一際明るい閃光が室内を照らし出す。
 一瞬後に大音響が響き渡って、オレはもう無我夢中でベッドを飛び出していた。
 そばにあった温もりに抱きつく。悲鳴をノドで押し殺しながら、オレは必死でそれにしがみついた。
 この温もりが誰のものかなんて、考える余裕もない。
 浅い呼吸を繰り返しながら、オレはこの恐怖から逃れたい一心で必死に目を瞑り声を堪えた。
 早くどっかいっちまえよ、雷!
 閃光と、切り裂くような轟音のリフレインとが室内を自在に行き来する。
 それが数分は続いたのだろうか。それともわずか数秒の間?
 服の内側に熱い掌を感じて、思わず体がビクンってなった。気がついたらパジャマのボタンが全て外されている。
「て、てめっ、何してやが…ッ」
「領域侵犯してきたのはそっちの方だろーが。何されても文句云わないんだろ?」
「ふざけんな…っ、ん」
 雷鳴に竦んだ肌の上を高倉の指がいいように滑っていく。
「それともなに? まだ経験ないとか」
「バッ、カ…あるよそれくらい!」
 売り言葉に買い言葉、しまったと思った時にはもう遅かった。
「ならいいじゃねーか」
 オレの脚の間ぎりぎりに膝をついて、アイツが上に圧し掛かってくる。
 両手で顔を固定されて逃げる間もなく視界が闇になった。雷鳴はまだ近い。突き飛ばそうとした腕で逆にしがみついてしまい、ゆっくりと舐るような蹂躙を受けた。また空が光る。
 体が熱い。熱くてたまらない。
 熱くて、怖くて。
 怖いのに、気持ちいい…?
「っは……あ」
 自分から出てるとは信じられないくらい甘い声が聞こえた。速い息遣い。
 高倉の手が両膝にかかり慌てて閉じようとするが一瞬遅く、絡め取られてアイツの前に全てを曝け出す結果になってしまった。こんなん許してたまるか、畜生…ッ。
「オレは、てめーのオモチャじゃね…ェ…っ」
 建物を揺るがすような雷鳴が轟く。オレはつかんだ枕に顔をうずめて、悲鳴を押し殺すのが精一杯だった。硬直した肌にアイツの指が這う。摘まれてくるりと輪を描かれると、ジンと腰が痺れてだるくなった。何度も繰り返され、きつく爪を立てられて腰が浮き上がる。
「もう勃ってんのかよ」
「!」
 低く囁かれて下着の上から形をなぞられる。激しい衝撃と羞恥とが駆け巡った。
 こんなヤツにこんなことされて…。
 めちゃくちゃ感じてるオレって、いったい何?
「…んでこんなコト、すんだよ…っ」
「そんなのオマエが嫌がるからに決まってんだろーが」
「ん…ァアッ」
 勃ちあがったものをキュウキュウと扱かれて思わず涙声になる。
 こんなヤツのいいようにされて、悔しくてたまらない。こんな屈辱ってあるかよ?
 上に圧し掛かられて…やめろやめろやめろ。
 天井に閃光が走る。
「は、ン……ッあ」
 気がつくとアイツの背中に両腕が回っていた。
 何とち狂ってんだオレッ、抵抗しろよバカ!
 濡れた音が響いてる。雷鳴の音が遠く感じられた。
 アイツの息遣い。オレの甘い声。アイツの腕、アイツの胸。アイツの熱が俺の中で…。掻き回されて厚い胸に縋った。
 何だよこれ、何なんだよコレ、何でこんなオレ…。
「ンン、はっ……もヤメ…っ」
「やめらんねーなァ」
 意地悪く動かされて突き上げられる。片足を担がれて抽挿を深められると息が詰まって擦れ声になった。
 濡れた感触が恥ずかしくてたまらない。チクショウ、チクショウ…ッ。
「やめ、ンっ…ン、ぁあ…ッ」
 ゆっくりと中を掻き回されて、足りない刺激に腰を上げるとこれでもかとアイツが深く入ってくる。弾けそうになると根元を絞められて、ぬるぬると際限なく敏感な先端を指で抉じられる。
「んンンッ…もうや…、ヤダ…ァ」
「やめてやんねーよ」
「ひっ、……ああッ」
 もうワケが解らない。やってらんねー。知ったこっちゃねー。
「ヤ…ぁ、あン…あ……い、ィ…はァン」
 こんなんオレじゃない、オレなわけがない。
 あってたまるか、たまるかよ畜生!
 雷鳴が轟く。
 スパークした記憶を最後に、オレは意識をぶった切っていた。



 オレが思っていたよりも、高倉は悪魔なみに根性が汚かったようだ。
 気がついてみると下着は替えられていて、オレは自分のベッドに寝かされていた。
 時計を見るともう十時半である。朝食なんてとっくに終わってる時間だ。そう思った途端、腹が鳴った。軽く身じろぎしてみる。手足と腰と、口ではとても云えないような場所とが鈍く痛んだ。
 身を起こそうとすると首に何か引っかかる感触がある。
 何だ、これ…犬の散歩ヒモ?
 なんでこんなモノがオレの首に嵌まってんだよ。
「んだよ、コレ」
「目ェ、覚めたか?」
 オレの声に気付いたのか、高倉がカーテンの向こうからヒョイと顔を出した。
「あっ、テメ、こっちくんなよッ」
「うるせーな、先に違反したのはそっちだろーが」
 ベッドサイドに括りつけてあるヒモのせいで逃げられないオレを余裕で押さえ込むと、アイツは顔を近づけてきた。クソ、このままされるがままでたまるかよッ。
「おっと」
 だが、アイツは切れた唇を舐めただけで、楽しそうに笑うとオレを見下ろしてきた。
「暴れんなって、ただのゲームじゃねーか。てめーが云い出したことだろ? 煮るなり焼くなり好きにしろってな」
「だからってこんな…!」
「悔しいか? だったら次のテストで俺を抜いてみろよ。そうしたら俺がおまえの犬になってやる」
「…マジ?」
 こいつがオレのいいなりになってる姿なんて。…死ぬほど見てみてー。
「でも、それまでは俺の犬なんだぜ」
「もしイヤだって云ったら?」
「そりゃ力ずくできかせるまでだな。それとも皆に云い触らしてほしいのか? おまえがどんな体位で何度イかされて、どこを触られると泣いちゃうくらい感じちゃうかとか…」
「ひ、卑怯者!」
「だったら俺の云うこときいとけよ。何も学校でまでそうしろとは云わねーからさ。この部屋ん中だけで勘弁しといてやるよ」
 アイツは手始めに、と忍野が持ってきてくれた朝食を一口ずつオレに食べさせようとした。犬のように首輪に繋がれ、飼い主然としたヤツからエサをもらうかのようなムカつく構図だ。だが猛り狂う食欲には勝てず…ペロリと平らげちまうオレもオレだよな。
 完食後そのまま黙り込んでいると、アイツはおもむろに暴れ過ぎでできたオレの傷に丁寧に薬を塗りはじめた。オレが痛がると手を止め、思いのほか優しい手つきで絆創膏を張っていく。
 ん? もしかしてこれってちょっと便利?
 手足の治療を終えると最後にふわりと頭を撫でられた。
「マジで犬みてーだな、おまえ」
 軽くキスされる。
 昨夜の免疫が効いてるのだろうか。そんなにイヤな気にはならなかった。なんつーか、同じ嫌がらせでもこれはそんなに屈辱的でもないし、大人しくしてれば何かと便利そうな気もするし?
 ついでとばかり、アレコレわがままを云ってみたりする。
「暑いから、そこの窓開けてくんない?」
「ハイハイ」
「あと風呂も入りたいから、準備しといて」
「ったく、わがままな犬だな」
 オイオイ、云うこときいてるじゃねーか。なんかちょっといい気分だぜ。
 逆手に取ればあいつをパシらせられるってわけだろ? これはこれでいいかもしれない。にわかに上機嫌になっていると、クスリと高倉が口元を歪ませた。
「じゃあ、あっちにも塗ってやるから下脱げよ」
「は? ちょっ待っ…て、うわッ」
 抵抗する間もなくズボンを下げられ、手際よく腰の下に枕を詰められた。不自然に浮き上がった腰の向こうに不敵に笑ったアイツの顔が沈んでいく。
 突き刺さる視線を局部に感じる。つかまれた両足をグイと開かれて、気がつくとオレはあられもない格好になっていた。
「ばか、ヤメ…っ、ンんっ」
 指先で突つかれながら少しずつ薬が塗り込められていく。その慣れない感触に正体不明の感覚が走り抜けていく。
「やめ…っ、ヤダ…ッて……ンァあっ」
「デカい声出すと隣に聞こえちまうぞ」
 それともギャラリー呼んでほしいのか? 云いながら高倉が軟膏で柔らかくなったソコにするりと指を差し込んできた。中のある一点を強烈に押し上げられて、ビクビクと腰がわなないた。昨日覚えたばかりの感覚が一気に沸騰して、慌ててかき寄せたシーツを唇に噛み締める。
「…ふッ、…うゥッ」
 こ、この変態ヤローッ。羞恥で勢いよく顔に血が上っていく。
 アイツの指先ひとつでいいように操られながら、たまらない感覚にオレは無意識に腰を振っていた。元気に勃ちあがったオレ自身にアイツの手が絡む。や、やめ…ソコ弱いんだって…っ。
「あ…、あァ…ッン」
 これは屈辱だ。
 とんでもない屈辱だ。こうなったら手は一つしかない。
 勉強してやる! 勉強してやる! 勉強してやる!
 何度も襲いくる感覚に声を堪えながら、俺は心の中で叫んだ。


 おまえなんかやっぱり、心の底から大ッ嫌いだ!!!


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