sweet
kiss
飽きることなく続くキス。
唇の周りが唾液で濡れるのを手の甲で拭ってまたキスを続ける。なんかいま、そのためだけに生きて呼吸をしているような気分になる。
キスをする、そのためだけに。
いままで誰にもされたことがないような優しいキス。
誰にもっていうか、俺は松下としかキスしたことないんだけど…。でもいままでのどのキスよりも丁寧で甘いキスに俺は溺れてた。
ああ、そうか…泣いたからか。
これは与えられるキスなんだって初めてそこで気付いた。泣いた俺を宥めるための、慰めるための手段だから。だからこんなに優しくて丁寧で甘くて…。
唇を開いて舌を絡める濡れた音がずっとしてる。
欲しくてしょうがなかった熱を、余すところなくくれる唇。俺の背中に回ってた両腕が気付いたら腰まで落ちて俺を支えてた。少しずつそこにこめられていく力が強くなっていく。ギリギリと引き絞られる弓のように、少しずつ追い込まれていくキス。背中の辺りがザワザワして。
「やっ…」
俺は堪らず松下の胸を押し返してた。
優しかったはずのキスが少しずつ獰猛になってくのが怖かった。松下の指が腕が唇が、俺を欲しがってそのまま何かに変貌してしまいそうで…怖かった。松下は違うって思うのに、他のヤツらとは違うって。
俺の顔だけを飾り物のように祀るヤツらとか、そんな顔してる方が悪いとかって空き教室に連れ込もうとしたヤツとか、オマエの取柄ってホント顔だけなのなとかって勝手に幻滅してったヤツとか。
「…悪い」
気付いたら零れてた涙を松下の指が拭ってくれた。またギュッと抱き締められて痛いぐらいに胸に押し付けられる。
たぶん俺、涙でグシャグシャのひどい顔してる。それ見られたくないって思った。せっかくの取柄なのに台無しじゃん俺…。だからタートルの肩口に顔をうずめて息を殺して、松下の腕の感触だけを感じる。
信じる…この腕なら信じられると思ったから。
特別扱いされないことに感じた特別を、松下ならもっと違うものに変えてくれそうな気がした。
「もっとタクサン…ギュッてして」
俺の掠れた要望に応えてくれる腕の中、俺は声を殺してまた泣いた。
★ ★ ★
また泣き出してしまった和泉をきつく抱き締めながら髪を撫ぜる。
いまのは完全に俺のミスだな…。引き摺られた意識が引き起こした結果を苦々しく思いながら、膝の上に乗せた仔猫が小さくしゃくりあげるのを宥める。また元の木阿弥だ。
繰り返されるキスで少しずつ融解していった自意識を元の箱に押し込めて鍵をかける。
しがみつく腕や温かい質感、それから露わになってる白い首筋、細過ぎて壊れるんじゃないかってぐらい撓った背筋、押し殺された密やかな吐息…いまにも開錠してしまいそうな鍵がそこかしこにあるけれど、その全てを見ないフリで腕の中にいる温もりを抱き締める。
「なあ」
ようやく和泉の泣き声が止んだところで俺はトン、と華奢な背中を叩いた。
密着してた体が少し離れて「何…?」と赤くなった目元を両手で隠しながら視線を上向ける。
「ニャアって云ってみ?」
「…にゃあ」
「アウト。もっと可愛く云ってみ?」
「んー…、にゃーあ?」
ダメ出しをするたびに和泉がニャーと鳴くのを聞きながら、濡れ切ってた瞳が乾くのを待つ。赤くなった目元が痛々しかった。
ニャーニャー云い続ける和泉の目尻にキスを一つ。それから尖った鼻先に一つ。濡れた頬、温かい瞼、耳の付け根、柔らかい前髪。
「黙んなよ、ニャーニャー云ってろ」
「…ニャア」
触れるだけのキスを、もう一度目尻に落として顔を離す。
それにしてもあれだけ派手に泣いて、しかも盛大に両手で擦ってたのに、和泉の備えてる可愛らしさは少しも損なわれていない。ある意味すごいよな、それも。
じっとその造りを観察してると照れくさそうに俯いた猫がもう一度「…ニャー」と小さく鳴いた。涙もほとんど乾いただろう。
「唇、イタイ…?」
和泉の細い指先が殴られて出来た小さな傷を辿る。大したことない、と告げた台詞はまるで無視で、寄せられた唇がペロリとその傷痕を舐めた。ピリリとした感触とそれから…。
まったくコイツは本当に困った猫だ。
「ちょっと血の味がする…」
そう云って差し出された舌先を指でつまむと、よっぽどビックリしたのか。
「フニャアッ!」
猫語で繰り出された文句を聞きながら「バーカ」俺は笑いながら膝の上の猫をもう一度抱き締めた。
end
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