nightmare #2



 あれから和泉は、一度も俺の顔を見ようとしない。


 別にそれ自体はどうでもいい。
 妙にシオらしい態度も滅多に見られるものではないし、思いがけず目が合った時の困惑した表情なんかも珍しくて、俺はしばらく和泉を観察するコトに決めた。
 ぱっちりした目に小さい鼻、ツンとした赤い唇に健康的に白い肌。
 考えてみれば深夜メンテでしか会うコトのない和泉を、こうして日の光の下で見るのは初めてかもしれない。
 さすがに夜の、ちょっとした時などに見せるなまめかしい様子は窺えないが、やはりこうして見ると容姿の可愛らしさが際立って見える。女の子と見紛うほど、いやそんじょそこらの女にゃ敵わないくらいにすべてが「可愛らしい」。
 容姿だけなら…いや、性格も比例して悪いと云えるのだろう。育ちもあるが生まれついての「お姫さま」タイプなのだ、和泉は。だからこそ、それを貶めたくなるのだが。
 マネージャーの中澤がさりげなく肩を抱いて、横に並ぶ。
 しぱらくは談笑していたが次第にウザくなったのか、いきなりそれを振り切って。
 和泉が後ろを振り返った。
「松下っ」
 目が合うと小走りに駆け寄ってくる。
「なに?」
「別に。云ってみただけ」
 中澤がこちらを見ている。悪い人間ではないが「手に入らない葡萄は酸っぱい」と諦めるコトの出来ない性質なのだ、あの人は。俺と同じく。
 下手に刺激してくれるなと云いたいところだが、隣りを歩く和泉はそんなこと気がついてもいないだろう。いや、もしくはわざとやってる? 有り得る話。
 境内に続く道に出たところで俺は急激にやる気が失せた。あまりの人ごみに、だ。
 そもそも店長が電話なんかしてこなければ、まだ今頃はフトンの中にいたはずなのだ。厳密に云えばアイツが来るなんて聞きさえしなけりゃ。
「松下くんが来るって云っちゃったんだよねェ、もうー」
「は?」
「したら和泉くんも来るって。だからキミ来ないとマズイんだよねェ」
 知ったこっちゃねーよ。
 いつもならそれをもっと柔和に、店長にも解りやすく的確に伝えてやるところなのだが。中澤が今年何か仕掛けてくるのは確かだ。放っておけばその絶好の機会を与えるコトになる。かくして。
 俺はいまだかつて一度も参加したことのなかったこんな行事に、なぜか参加する羽目に陥ったのだった。
 店長を筆頭に人ごみに突入していく一行の背中を見ながら、俺は思わず立ち止まっていた。バカらし…。やっぱ帰ろう。近くに友達がいるからアイツにでも送らせりゃいいし。Uターンしようとした俺の手を何かが引っぱる。
「どこ行くんだよ?」
「おまえには関係ないトコ」
「裏切り者。俺を見捨てる気かよ?」
 知るかっての。
 混雑の入口付近でもたついてたおかげで。後ろからの人波に押され、和泉の細身が人ごみに流されそうになる。
「ったく」
 つかんだ手首を引き寄せると、思いのほか軽く和泉の体が腕の中に収まった。
「…おまえ」
「熱あんだよ。だから、見捨てンな」
 云われて見ると額に汗が浮かんでいる。苦しげに息をつきながら、和泉が俺のコートに頭を押しあてた。
 和泉の匂い。うつむいた所為で、隠れていた白い首筋が露わになった。
 それを目にした途端。
 ググっ、と自分の中からどす黒い何かが湧き起こるのが解る。
 激しい飢餓感。どうしようもない衝動と。暗い欲望。
 記憶の中のソレが。

 鮮やかに脳裏にフラッシュバックする。



「はぁ…ん」
 シーツの上にうつ伏せにさせて。
 腰だけを高く掲げた状態で、開かせた双丘の間に舌を這わせる。
「や…っ、ヤダっ」
 逃げようとする腰を押さえつける。
 どのみち手首は縛った上で、ベッドヘッドに固定してあるのだ。逃げようがない。
 なのに無駄な抵抗を繰り返す和泉に、俺はより深く中へと舌を挿し込んだ。
「甘いな…」
 濡れてぬるぬるになった箇所に指を差し込む。
 奥で震えるローター。そのまわりに潰れてグシュグシュになった苺が押し込められている。ぐるぐると掻き回すと、引き攣れた声が上がった。
 たっぷり焦らしながら指を引き抜き、今度は原型のままの苺をソコに咥えこませる。
 一つ、二つ。
「へえ、まだ入るの?」
 次第に増す圧迫感に、和泉の声が泣き声に近くなる。
「や…、も、ヤダ…ァァア」
 胸がザワついてしょうがない。
 その声を聞いただけでたまらないのだ。
 泣かせたくなる。もっと、もっと…
「苦しい? じゃあコレ、潰してあげようか」
 和泉が息をつく間もなく、標準サイズのバイブをソコに押しあてる。
 中の抵抗を楽しみながら、ゆっくりそれを突き入れて。
「やぁぁあっ」
 ローターとグズグズに潰れた苺、そして中にはまだ硬い苺が一つ、二つ。半ばまで収まったところで、俺はバイブの電源を入れた。振動とともに広げられた入口から赤い汁がしたたってくる。舌でなぞるとヒクヒクとそこがわなないた。
 甘い果汁が口に広がる。
「ミキサーみたい」
 突き出た部分を押し込むと、グシュッと勢いよく果汁が溢れ出した。
 放っておくとだんだん外へとバイブが押し出されてくる。それを離すまいとからみつく柔らかい襞に触れると、和泉が瀕死の小鳥のように震えた。
 抜け切る寸前でまた中へと押し込んで。何度か繰り返すうち、和泉の声がパタリと止んだ。手を離す。と、浮かせてた体がシーツに崩れ込んだ。
 気絶している。
 細身を反転させると、昨日から縛りっぱなしになっているソコからひっきりなしに白い雫が溢れていた。巻きつけられたローターのコードが食い込みもう長い間、射精を阻んでいる。ブゥゥゥン…、という羽音のような振動音。
 先端に固定されたローターはまだ元気に回転を続けているようだ。
 後ろにはローターとバイブの刺激を受け。
 前にもまた夜昼の区別なく、敏感な箇所に淫靡な快感を与え続けられて。
 過ぎた快楽なのだろう。
 だが、気を失いながらも、絶えず与えられる快感に体はピクピクと反応を返している。
 先端のローターを押しつけるようにすると、細い体が魚のように跳ねあがった。
 隙間からクプクプと粘液が溢れ出していく。
 快感に歪む顔。

 なぜ。
 こうまでして和泉を追い詰めてしまうのか。
 自分でも解らなかった。
 こうして和泉を責め立てて、今までいくつの夜を過ごしてきたコトだろう。
 和泉をこうするコトで、なぜか充たされる心に疑問はなかった。
 何かに思い切りあたるコトで。
 誰かを思い切り責め上げるコトで。
 心の充足が得られるのだと思っていた。
 それが和泉でなければならない理由なんて思いつきもしなかったから。
 なのに。
 汗ばんだ髪。色づいた唇。
 泣き過ぎで、ぷっくりと赤く腫れた目元。
 閉じられた瞼から、新たに涙が一滴零れ落ちた。
 それが頬を滑り落ちる前に指ですくう。コレだけなのだ。
 和泉の涙だけ。
 心の渇きを潤してくれるのは。
 絡みついたコードを解きながら、完全に勃ち上がり、熟れ切った和泉の欲望を唇で包んだ。最後の戒めを解きながら、キツク中味を吸い上げる。
「やぁぁあッ」
 ガクンガクンと和泉の両足が揺れた。
 吸引しながら、開かせた足を両腕で押さえ込む。足の動きを封じられ、手首は頭上で拘束されたまま、唯一自由になる首を力なく振り。
「っ…く、…っひ」
 声なき声で、和泉が泣いた。
 もっと泣かせたい。もっといじめて、泣かせて、どうしようもない深みにまで、この体を追い詰めて。追い込んで。
 ……それから、俺はどうしたいのだろう。
 長時間に及ぶ強烈な射精を経て萎えた欲望が、バイブの振動で細かく震える。
 スイッチを切り中から張り型を抜き出すと赤い汁がシーツに滴った。
 和泉がずっと滴らせていた白濁の液と混じり合って、シーツの上でその色合いを微妙に変化させる。ローターのコードを引くと潰れた苺が次々と零れ落ちた。
「んっ」
 意識を失いながらも、窄まった隙間から異物が吐き出される感覚に和泉が小さく声を上げる。投げ出された肢体。汗に濡れた体が明るい室内で光を帯びて見えた。
 甘く、長い責め苦から解放されて。
 少女じみた顔に、子供のようなあどけない表情が宿る。
 シーツに転がった苺を、ひとつ摘むと和泉の開いた唇にそっと押しあてた。
 中に滑り込ませて、細い体を膝に抱き上げる。
 唇を塞いで。
 開いた隙間から舌を忍ばせて、和泉の甘い舌と果実とを同時に味わう。
 いじめたい、泣かせたいと思うと同時に。
 甘やかしたい、どこまでも優しくしてやりたい、この相反した気持ち。
 自分でも実際、よく解らないのだ。
 和泉をどうしたいのか。
 ただ一つだけ解っているコトは。
 和泉を手放す気にだけはなれないというコト…。



「松下」
「あァ?」
 和泉に呼ばれ我に返ると、なぜか人気のない小さな祠の前に立っていた。
 なんでこんな所にいるんだろうか。
 いや待てよ。そういえばうっすらとだが、熱のある和泉の手を引き、人ごみを避けて、人のいない方へいない方へと歩いてきたような覚えがある。
 和泉は苦しげに息をつきながら木の幹に手をついていた。
「大丈夫かよ」
「全然ダメ…」
「…ったく」
 こんなコンディションのヤツが出てくんじゃねーよ。
 内心激しく呆れながらも、俺は自分のマフラーを外すと和泉の首に巻いた。
 熱い首筋が、冷えた手に心地よい。
 白い肌。これに触れた人物が、今までにどれくらいいたのだろうか。
「ま、松下っ…?」
 気がついたら和泉を思い切り抱き竦めていた。
 柔らかい猫っ毛に顔をうずめる。和泉の匂いがフワリと甘く鼻腔をくすぐった。
 突然のコトに、和泉が驚いて腕の中で体を固くする。
「………」
 だからなんなんだよ、この気持ちは!
 今度は自分自身に激しく憤りを感じながらも。
 俺は回した腕を解けないでいた。
 腕の中の温もりを抱き締めながら、一つだけ確信できるコトといえば。

 あんな夢見ただなんて、コイツには死んでも云えねーよな…。


end


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