真冬の帰り道



「うわ、外さみィじゃん…」


 地下からの階段を上りきったところで、凍った冷気が近江の頬をゾロリと撫であげる。
「なら中、戻るか?」
 ポケットから出した煙草を口の端に咥えながら、氷室が地面の下を指差した。
「イヤいい。戻っても知ってるヤツもういねーし」
「白木は?」
「さっきリカちゃんが迎えにきてたろ」
「へえ。挨拶し損ねたな」
 シュボっと氷室の手の中に炎が点る。
 カチン、とライターを元に戻す音。真夜中の舗道が静まりかえっている所為か、やけにそれらの音が耳について離れなかった。
「相変わらず可愛かったよ。ホントなんつーの? お人形サン?」
「白木も近江も倒錯してっからな」
「ウワ。それ、おまえに云われるとスゴイ心外」
「年下の良さは俺には解らないよ」
「いーよ別に。解れなんて誰も云ってねーし」
 午前二時。終電はとっくに終わった時間だ。気分次第ではオールしようかとも思っていたが、ゼミの忘年会は思ってたよりもずっと退屈な場だった。
 とりあえず氷室という足は確保していたので、飽きやすい氷室の退席と共にコレ幸いとばかり近江も席を立つことに成功した。講師の管に巻き込まれるなど論外だ。
「そういえば、もう一人の年上好きはどうしたよ?」
「さあな。秋にストック全員切って、その後どうしたかってのは聞いてないな」
「今日もきてねーし。最近、付き合い悪りィじゃんアイツ」
「バイト、って云ってるけどね」
「怪しいもんだよなー」
「そういえば、白木が"じゃじゃ馬馴らし"がどうのって云ってたんだけど…」
「何だそりゃ?」
「さあね」
 昨夜まで降り続いていた雪が、まだ街路のあちこちに残っている。
 クリスマスはご多分に漏れずカワイイ彼女と過ごした近江だが、雪のように真っ白いシーツに残された鮮血はビジュアル的にも観念的にも近 江にかなりのインパクトをもたらした。
 彼女ともそろそろ潮時だろうな。こんなコト云おうもんなら「キチク」だ「外道」だと周囲には口汚く罵られるだろうが、最初からそういう約束で釣れるコとしか付き合っていないのだから、これはしょうがない。アングラであるからこそ合意は絶対に欠かせないモノの一つだ。
 残念、マナミちゃん超可愛くてお気に入りだったのに。あー、あの某有名女子校の制服も惜しかったよな…。仕方ない。諦めよう。
「車、回すからこの辺にいろよ」
「了解」
 ガードレールに腰かけて氷室の背中を見送る。
 つーか、女の子はアレがあるからどうしてもなー。しょうがないっちゃしょうがないけど。つくづく自分の性癖はヒトの道から外れていると思う。
 別に「少女」が好きなわけではない。血を流さない女が「少女」なだけであって、この場合むしろ仕方ないと考えるべきではないか?
 ……人はそれを詭弁というかもしれないが。
 目の前に緑色の車体が止まる。助手席の扉を開き中に乗り込むとすぐに車は走り出した。コイツも顔だけは整ってるよなー。薄暗い車内で隣りの氷室の顔を見ながら思う。むしろ少女顔の少年に転向した方がいいのかもしれない。その方が息は長いだろうし。ま、そんなニンゲンがいればの話だけどな。
「三茶の駅前まででいいか?」
「ああ充分」


 過ぎ行く景色を眺めながら、近江はわき上がる欠伸を噛み殺した。


end


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