スライディングドア



 あの時、アナタに出会わなければ恋なんて絶対始まらなかった。
 偶然でもいい。だってそれを必然にするだけの、用意がこっちにはあるんですもの。


 咲坂サンって変わり者だと思う。それもかなりの。
 歯科医の資格は持ちながらも医師としての「開業」は一切してない。理由は「自分は歯のモチーフや細工などが好きなのであって、人の口の中を覗く趣味があるわけではない」からだそうだ。友人の医師から依頼される矯正器具の調整や細工は嬉々として請け負ってるけど、その他の分野にはあんまり興味がないみたい。そういう自分を皮肉って自分では職業を「歯科技師」なんて呼んでるけど。でも、そんな咲坂サン。実はかなりの金持ちなのよね。資産家の息子ってのもあるんだろうけど、でもそれだけではちょっと説明つかないくらいエグゼクティヴ。副業の方が儲かるんだよ、って云ってたの聞いたことあるけど。どんな仕事してるのか、アタシは知らない。実はとても謎の人なのよね。アタシのダーリンってば。
 不定休というより不定職といった方が早いくらい咲坂さんはいつもオウチにいる。インターホンに出なかったことなんてホント稀。部屋番号を押してからほどなくして聞こえてきた低音の「ああ、上がっておいで」に促されてゆっくり開いた自動ドアをくぐる。それからエレベーターで最上階まで。いわゆるペントハウスってやつ。
 九階で降りたとたん、通路で扉を開けて待ってる咲坂さんが目に入った。ラフな恰好。眼鏡もかけてない。今日は所用外出で逢瀬を中断されることもないみたいね。
 眼鏡を外すと年の割にはちょっと童顔。せいぜい、二十代中間くらいにしか見えない。涼しげな目元に薄い唇。ああ、アタシの大好きな咲坂さん。
「まったく。瀧はいつも突然くるな」
「あら、ホントはいつでも会いたいくらいなのよ。これでも我慢してるんだから」
 ぎゅっと抱きつくと風呂上りなのかシャンプーのいい匂いがした。見ると髪もまだ濡れている。まさか誰かとの逢瀬の後じゃないでしょうね。思わず勘繰ってると咲坂さんが苦笑しながらアタシの額をコツンと小突いた。
「さっきまで下のジムにいたんだよ。久しぶりにちょっと泳いでた」
「本当に?」
「なんなら後で確かめていいよ。解るだろ、それくらい」
 そうね。でもカラダの浮気ならともかく、ココロの浮気までは解らないわよ? でも、それ以上の追及はいまはやめとく。
 咲坂さんのマンションには地下にスポーツジムがついている。住人ならいつでもタダで利用できるとか。アタシも咲坂さんについて何度か行ったことがある。でもそこで何度も複数人に声をかけられてたのを理由に、咲坂さんには随分お仕置きされたわ。
「それならいんだけど…」
 今日もジムの話題からまたいつお仕置きに話が移行しちゃうか解らないものね。大人しくココは退いとくことにする。ああ、でもあの何時間にも及ぶ甘ぁ〜いお仕置き。いま思い出しても戦慄と陶酔でアソコがじんじんしてきちゃうわ。あまりにイカされ過ぎて次の日なんかまともに歩けなくなるほどよ。身も世もなく、もう喘げるだけ喘がされて。中身なんて全部吸い尽くされて、絞れるだけ絞り尽くされて、もうカラカラ。なのにガンガン突かれるとたまらなくて、イキたいのにイケない苦しみに何度も気絶して覚醒するたびにまた甘い罰。それでもまだ許してくれない冷徹な主人にボロボロに貪られて…。ああもうたまらない。
「瀧。お願いだからこんな所で、そんな顔して誘惑しないで」
「だって…」
 いいからおいで、と微笑いながら招き入れられた室内はいつもと同じ咲坂さんの匂いがした。なんだかとても落ちつく。居間に入ると猫のタキがソファーで眠り込んでいた。相変わらずスリムな体。ものすごく食い意地が張ってる割りに体質なのかぜんぜん太る気配がない。そんなところもそっくりだよね、と名付け親でもある咲坂さんはいつも笑うの。どっちのタキも、気紛れでホントに手を焼くって。
 タキのいるソファーの正面には大きなスクリーンが据え付けられている。
「ねえ咲坂さん、なにか新しいソフト入った?」
「ああ、いくつかね。瀧好みのものはあったかな」
 示されて見た棚の中から、アタシはちょっと見たいと思ってた一本を取り出した。
「これがイイわ」
「グウィネス・パルトロウ? 瀧、恋愛もの好きだよね」
「あら、映画はやっぱりラブロマンスじゃなくっちゃ」



「あん…っアンッ」
 三時間後。うっかり滑っちゃった口のおかげで、アタシはバレた浮気をベッドの上で甘くキツく追及されていた。
 堅く屹立したモノには前専用のバイブを装着されて。しかも特製のソレは双球にまで、伸びたコードを絡みつかせて執拗にブルブルさせることができるの。そのうえ先端に仕込まれたローターに敏感な亀頭を容赦なく嬲られながら、咲坂さんの太くて長いアレに後ろをガンガン突き上げられて。もう気持ちよ過ぎ…。たまらなくイキたい。あまりに気持ちよくていまにもアタシ死んじゃいそう。
「タ、スケテ…咲坂さっ…ん」
「駄目だよ、瀧は悪いコトしたからお仕置きされてるんでしょ? 我慢できないんならまたお仕置きだよ」
「や…っ、もヤメ…あぁッ」
 ローターの強度がまた一つ上げられる。ジンジンとそこだけを刺激されてアタシはもう泣き叫びたいくらいの快感に襲われてた。そこへきて咲坂さんの抽挿が力強く、角度をつけながらまた激しくなっていく。敏感過ぎる箇所を同時に二ヶ所も刺激されて、アタシは気が狂うほどの快感にもうホントに泣き叫んでたと思う。ちなみに咲坂さんちは完全防音なのでどんなホテルでやるよりも安心して乱れられるのよね。
 アタシの両脚を肩に乗せて更に深くまで咲坂さんが押し込まれてくる。咲坂さんはなかなかイカない。だからいつも極限までアタシを可愛がってくれる。何度も抜いて体位を変えて、アタシをたまらなくさせてくれる。バックも好きだし、騎乗位も好き。でもアタシはやっぱり正常位がイチバン好きだわ。こうしてアナタの顔が見ることができるから。
 汗に濡れた顔。眉間によせられたシワと半開きの唇がすごくセクシー。気持ちイイ? アタシって気持ちイイ? もっと気持ちよくなって。アタシでもっと気持ちよくなって。
 抽挿のたびに、さっき吐き出された咲坂さんのモノがアソコから漏れ出てくる。
 最初、我慢できなくて立て続けに二回イッちゃって、堪え性がないとペニスバンドのベルトを絞められた。あれからもうどれくらい経つのだろう。イキたいのにイケなくて。イケそうでイカせてもらえない。それなのにこれでもかと絶頂を促す快感に狂ったように身悶えながら、アタシ死ぬほど感じてる。
「イキたい?」
「ひぃ、あッ」
 充血しきって完全に屹立したモノの先端を指で弾かれる。先走りが糸を引いてシーツにまき散った。内腿が細かい痙攣を始める。ぐぐっ、ぐぐっとスプリングを使って奥まで突かれる。
「イキた…い…イキた…っ」
 涙でぐしゃぐしゃの瞼の隙間から見た咲坂さんは切羽詰った表情をしてた。余裕をなくしたように意地悪な抽挿から利己的な腰使いになっていく。音の鳴るほど責め立てられながら咲坂さんがペニスバンドを一気に外した。途端に射精が始まる。塞き止められた分、長い射出と強烈な快感。
「あん、あぁッ、止まんな…ぃっ」
 ビュクビュクと絶え間なく吹き上げながら、アタシはシーツに必死でしがみついてた。どこかにつかまってないと落っこちちゃいそう。膨れ上がった咲坂さんがついに奥で勢いよく弾けた。その奔流を感じながら。アタシは長い間、断続的に続く射精とその快感に泣きながら咲坂さんを絞めつけてた。最後まで。



「アタシ、咲坂さんと出会ってなかったらいま頃なにをしてたかしら?」
 至福の時間。シャワーを浴びた後、真新しいシーツの上で咲坂さんに腕枕してもらってる時。同じように天井を眺めながら、咲坂さんはそんなの決まってるよと優しく笑って云った。
「瀧は人懐こいから、優しい主人に飼われて幸せにしてるよ」
「そうかしら…」
 でももしそうだとしたら。咲坂さんに出会えなかった自分が、もしもどこかにいるのだとしたら。カワイソウね。その人生もそれなりに幸せかもしれないけど、でもこんなにも幸福な思いはきっと知らないで生きているんだわ。
 咲坂さんに出会えてよかった。心からそう思う。あの時アナタに出会えてよかった。



 そののち、咲坂さんとの出会いが「偶然」ではなく「故意」であったということが発覚するんだけど。でも別にそれならそれでぜんぜんOKよ。大切なのはアタシが咲坂さんという人に出会えて、いまこうして一緒にいられるということ。それだけ。それに故意なら恋にもしやすいってものじゃない?


 有り得ないとは思うけど。いつか何かが、二人の間を別けたとしても。
 アタシは今日の幸福を忘れない。
 こんなにも幸せな時間が確かに、アタシたちの間に流れてたということを…。


end


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