キリキリマイ



 好きだとか、嫌いだとか
 そうゆーのずっと面倒クサイって_
 思うようにしてた…_


「もう超カッコイイイイイー!」
 イントロと共に示し合わせたように黄色い悲鳴が背後から沸き上がる。ステージではマイクを握った3MCがギャラリーを挑発するように跳ね回っていた。なんつーか、ホント元気だよね…。ハイ・ロウ・ミドルのMCのうち、ハイボイスを務める見慣れた横顔。
「やっぱちょっとオトコっぽくなったかな」
 月に一、二回の割合で多目的や小音ホールを貸し切って行われる高校有志のライヴ。やってるのは知ってても顔を出すのは今日が初めてだった。あたしの不用意な一言がなければここにこうしてくることもなかったんだけどね…。曲が二曲目に入ったところでさらにギャラリーの歓声がまたグンと迫上がる。なんというか。初っ端からこれじゃ次のバンド霞んじゃうんじゃないの? と、思わず余計な心配をしてしまうほどの熱気だ。それもまー無理はないか。
 ミドルでうまいことヴォーカルをコントロールしてるのが設楽先輩。男子にも女子にもアホみたいに人気がある。女子の惚れこむ顔の良さから、男子にも頼られるリーダーシップ。たぶん高一の先輩らの中ではダントツ人気を誇ってるんじゃないかと思う。で、それに勝るとも劣らないのがベースを握る蓮科先輩。ただしこのヒトの場合は圧倒的に女子人気。すでに熱愛中の恋人がいるにも関わらず、その人気が衰える様子はまるでない。それからハイを務めてるのがその恋人の春日先輩。男にしとくのが勿体無いぐらいの美人顔。なんだけど性格はと云えばけっこうオトコらしいとあたしは思う。弟の詔平なんかに比べればね。
 二曲を終えたところで次のバンドにバトンタッチ。今度は設楽先輩がギターに入ってこれまた女子人気の高い関先輩がマイクを取る。沸き上がる歓声。やっぱそのへんは向こうも考えてるってコトか。ボルテージを下げることなく、次の演奏が始まる。あーも、歓声と爆音で耳が痛いよ…。無意識にUターンしかけてた体をグググっと何本もの手に押し留められた。
「ちょっと! アスミ、裏切る気?」
「だってさー、耳痛くなんない、ココ?」
「そんなの全然なんないよッ」
「マージで? じゃあ夏海、一回耳鼻科行った方がいいね。これから行ってくれば?」
「んなコト云って逃げようったってそうはいかないんだからね!」
「わ、ちょっ…押すと危ないって!」
 出口に向かおうしてた体を逆にどんどん奥へと押し込まれる。わー、深みにハマってるって感じ。どんどん奥へと連れてかれた結果。
「イテっ」
 あたしの背中はついに誰かの体と激突してしまった。
「あ、ゴメンナサイ…」
「気をつけろよー、って…誰かと思ったらアスミじゃん?」
「あれ? カスガ先輩…」
「アハハ! なーにイキナリ他人行儀になってんの!」
「や。だって一応ガッコだし」
「バーカ。いいよ、いつもの呼び方で」
「んじゃ、匡ニィ」
「OK。なんか久しぶりだな。アスミがこういうの観にくるなんて珍しくね?」
「まーね、なんつーか…」
 ガシガシガシっと横からいくつもの肘鉄が入る。ハイハイ、解ってるっつの。もうウルサイな…。
「あのね、このコたちクラスメイトなんだけどさ、匡ニィん家とウチが近所だっつったら紹介しろって真顔で脅されてさ」
「ちょっとアスミ!」
「なんてそういう人聞きの悪いコト云うのよ!」
「え、だって事実じゃん?」
 云った途端、今度は横から複数の蹴りが襲ってきた。イタイ、イタイ、イタイ。まじで痛いから。ホント勘弁してクダサイ…。
「解った、解ったから。匡ニィと話せばいいじゃん、皆も」
 どうぞとばかり片手を差し出して一歩退く。すると、すぐ隣にいた夏海がキュッとあたしの袖口を引っ張った。見ると茹ったように頬が赤い。見回してみると佳奈子も恵理も頬を染めたままなにやらウジウジと口ごもっていた。うわー、スッゲー。いつもあんなにカシマシイ夏海たちをこんな乙女にさせちまうとは…。改めて匡ニィ人気の高さを思い知らされた気分だ。
「匡ニィ、まだ歌うの?」
「ああ、ラストから二番目にもっかい歌うよ」
「そっか」
「最後までいんなら打ち上げ連れてってやるぜ?」
「んー、あたしはいい」
「そ? んじゃオバサンによろしく伝えといて」
「うん、バイバーイ」
 ヒラヒラと手を振った匡ニィが人波に紛れていくのを見送る。その背中が完全に見えなくなってから、今度は時間差でいくつもの蹴りが周囲から飛んできた。あの、イタイ、痛いんですけど…。つーか、ケッコウ本気で蹴ってるだろ、アンタら…。
「このバカ! なんで断っちゃうのよ!」
「えー?」
「打ち上げ、行きたいに決まってんでしょ!」
「じゃあ、自分で云えばヨカッタじゃん?」
「云えるもんならとっくに云ってんのよ!!!」
 ワーオ。最後のセリフは見事三重唱になってて、それは思わずこちらがたじろぐほどの勢いだった。そうか、そんなに行きたかったのか…。つっても、別にあたしは行きたくないし。だいたい繋ぎが欲しいってんなら、うちのクラスにはもっと太いパイプラインがあるワケじゃん?
「詔平に頼めば?」
「ジョーダン!! あんな小憎らしいヤツに頭下げるのゴメンよ!」
「馬鹿にされるに決まってんだから!」
 まあね。それは否定しないけどね。アイツ、人見知り激しいし。あの匡ニィと同じ血が流れてるとはとても思えないほどに性格は違う。むしろ正反対の勢いで突き進んでいるというか。冷たいし、滅多に笑わないし、すぐ人を見下したような言動に出るし。ま、何もワザとじゃないんだろうけどね。少なくとも半分は無意識にやってるハズ。性格悪いの、何気に本人気にしてたりするから。だったら改善すりゃいーのに、そうはしないのが詔平らしいというか…。
「ウルセーよ。陰口なら本人いないトコで叩けよ」
 タイミングよく現れた本人がチラリと夏海たちに冷たい一瞥を送る。そういうコトしなきゃモテると思うんだけどね、アンタ。ま、モテてもしょうがないのかな。詔平の場合は。
「春日に頭なんかゼッタイ下げないわよ!」
「バーカ、下げられたところで頼まれやしねーよ」
「アンタほんッとにムカつく」
「まあ、そのへんにしといたら?」
 女子との溝がこれ以上深まる前に仲裁に入る。詔平がそっぽを向くのと同時、夏海たちは揃って出口に向かい始めた。
 あ、タイミング逃した…。その場に置いてかれた結果、あたしは詔平と並んでステージを眺める状況に陥ってしまった。…ま、いいか。
「関先輩、ウタ上手いね」
「うん…」
 ステージに注がれる真摯な眼差し。乙女度で云えばそんじょそこらの女子は詔平に立ち向かえないのではないか。この頃そんな気がしてならない。
「にしてもアンタって、同年代から下にはホントきついね」
「…年上にはすぐ腹見せるくせに?」
「んなコト、誰も云ってないじゃん」
「ウルサイ。オマエが云いそうなセリフ、先回りしといたんだよ」
「馬っ鹿みたい。それで傷ついてりゃ世話ないよ」
「放っとけ」
 あたしより少し高い位置にある頭がテキメンに項垂れる。真っ直ぐな黒髪をグシャグシャ掻き回すとムッとした顔で詔平があたしの手を振り払った。
「わー、可愛くなーい」
「アスミにカワイイなんて思われたくもねーよ」
「あっそ」
「おや、随分カワイイ子連れてるな。ショウ」
 壁際に並んでもたれてると裏口から首にタオルをかけた長身が入ってきた。わー、ここまで間近でこの人を見るのは初めてかも。笑っただけでどうしてそんなにと思うほど甘くなる表情。蓮科フリークはきっと皆この笑顔にやられちゃうんだろう。思わず納得してしまうような笑顔だ。
「ただの幼馴染みですよ」
「ふうん。名前、聞いていい?」
「あ、壮田アスミです」
「そう、アスミちゃんか。いい名前だね」
「先輩。これって浮気現場?」
「バーカ、可愛い子を前にして名前を尋かなかったら失礼だろ?」
「ただの持論でしょ? 匡平にそんなの通じませんよ」
「やだな、キミらそーゆトコほんと兄弟」
 困ったように笑って蓮科先輩が目を細めた。滴る汗を拭った拍子、長めの前髪が上がって急にオトコらしい容貌が顕わになった。少しだけドキリとする。うわー、危険だ。確かに危険だ。このヒト。思わず苦笑すると詔平が怪訝な眼差しで「なんだよ」と小さく呟いた。
「別に」
「云いたいことあんなら云えよ」
「詔平に云いたいことなんて何一つアリマセンー」
「おまえの云い方はいちいち棘があんだよ」
 小声の押し問答を聞き咎めたらしい蓮科先輩が器用に片眉だけを上げて笑った。そうするとなんだかやけに優しい表情になる。ああ、こんな風にも笑うんだこのヒト。きっと誰に対してもこんな風に笑いかけちゃうんだろうな。そしてそれがどんなに罪なことか、本人だけが解ってないんだ。
「俺、もっと前で見る」
 なんだか不貞腐れた呈で詔平が人波に紛れていくのを見送る。つい数分前の匡ニィの広い背中と重なる華奢な背。じきにもっと骨格も成長して、あの細っこいシルエットも男らしくなっていくんだろう。ボンヤリしてたら隣りから「云わないの?」って優しく聞かれた。
「云いませんよ」
「云っても無駄だから?」
「困らせてもしょうがないし、何よりいまのポジション気に入ってますから」
 ポンポンと軽く頭を叩かれた。ヒドイなぁ。そういうのが反則的に上手いんだ、このヒト。好きなヒトがかつて好きだった人。なんとなく解る気がして急に泣きたくなった。でも泣かない。これはあたしが縋っていい胸じゃないから。
「親友も悪くないって思ってますから」
「そうだね」
「じゃ、帰ります」
「ウン。またね、アスミちゃん」
 笑顔に送り出されて多目的ホールを後にする。扉を出る前に一度だけ振り返った人ごみの中。ステージを真剣に見つめてた眼差し。詔平の恋がどんな結果を迎えたとしても。一緒に喜んだり泣いたり、キリキリマイを共にできるってコトでしょ?


「親友だって悪くない」


 もう一度小さくそう呟くと、あたしは昇降口に向かった。


end


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