First kissing



 初詣に行こう、と云い出したのは蓮科の方だった。
 まだ微睡みたいベッドの中でそれに頷いたような頷かなかったような…記憶は定かじゃないが、気がついたら俺は寝惚けマナコのまま緑色の車体に揺られていた。
 年明け早々、3Rも挑まれた所為で腰がひどくダルい。いつもなら「このゼツリン!」とか「万年発情オトコッ」だとかサンザン罵る立場にいるのだが、昨夜の場合は少なからず自分から求めた節があるので何も云えない…。
 足を組み替えた拍子、体の奥深い場所が疼いた気がして思わず息を詰めると右隣りでクス…っと笑う気配があった。クスじゃねーよ、半分はテメエの所為だろーが!
「昨夜、キツかった?」
 潜めた低音が吐息とともに耳元をくすぐる。ウーワ、こんな場所でそんなコト聞いてくるヤツの気が知れねえ…。
「バーっカ」
 プーマの爪先をガツンと蹴り飛ばすと、俺は反対側の手摺りに凭れながら窓からの景色に視線を流した。

 年が明けたからと云って何が急に変わるわけでもなく、街並みも変わらなければ人波も変わらない。ただ晴れ着を着た人や破魔矢を持った人々なんかが新年っぽさを漂わせているだけで、自分たちの間で何が変わったわけでもなく。
 アタリマエといえばアタリマエの話なんだけど。なーんだ…とか思ってる自分がいることに気付いて初めて、俺は「何か」を期待していたらしい自分を知った。新しい年の始まりを家族以外の人間と迎えるのはこれが初めてだったから。
「で、どこまで行くわけ?」
「さっき説明したろ?」
「え、いつ?」
「雑煮食いながら」
「あー……うん、はいはい」
「覚えてないんだろ?」
「…………」
 図星の無言をアッサリ読まれて手の内をなくす。
「寝起きの春日にゃナニ話しても無駄だな」
「悪かったな」
 こっちだって好きで寝惚けてんじゃねーよ。オマエが昨夜、あんなにカラダ酷使させなけりゃもうちょっと爽やかな目覚めを迎えられただろうに…ってあーヤバイヤバイ。これについてはあまり言及すると藪から蛇が出てくる恐れがあるので口にしないでおこう。
「なんか、さ…」
 とりあえず話題を逸らしておこう、と口を開いたまではいいがその先が思いつかず「あ、アレ」俺は咄嗟に手袋の指で隣りの車両を指し召していた。幼稚園児ぐらいの子供がブンブンと破魔矢を振り回しているのが見える。
「欲しいんだけど」
 そう云って横を見るとどうやら笑いを堪えているらしい蓮科の横顔があった。
「アレ、欲しいんだ?」
「え?」
 何だよと思いつつ見た先にもう破魔矢を持った子供はいなくて、その代わり。
「げ…」
「新年早々そんなオネダリをいただくとはね」
 そこには人目も憚らずキスをしているバカップルの姿があった。……ちょっと待て。いくら元旦で通常より利用客が少ないからってそれはねーだろうよ。
「バカ、違ェーよ!」
「遠慮すんなって、欲しいんだろ?」
 伸びてきた手が顎を捕えようとするのを「オマエ、イイカゲンにしとけ?」叩き落としながらじりじりと背中を後退させるも「誘っといて逃げんなよ」蓮科の手が背後の手すりを掴んで、俺は最後の退路も断たれてしまった。幸か不幸かこの車両はいまのところ二人きりだけど、隣の車両の人間も誰もコッチなんか見てやしないけど。でも。
「観念しとけ?」
 近づいてくる瞳が間近で艶やかに笑う。あ、ヤバイ…このままされちまう、と思って目を瞑った瞬間。

     鼻の頭に軽いキス

「なに、その不満そうな顔」
「……ウルサイ」
 なーんだ…とか思ってた内心を悟られたようで悔しくて。
「煽っといて逃げてんじゃねーよ」
 俺は蓮科のジャンパーを引っ掴むと、今年初めての自分からのキスを仕掛けた。


end


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