鳥風月



 サルスベリは百日もの間、紅を絶やさないから百日紅って云うんだって。
 桜なんてすぐに咲いて散ってしまうのにね。
 アイツの中の櫻はいつまで咲き続けるだろう?
 願わくば、それが永遠であることを祈って。


 最近、気がつくと切敷の姿が見当たらなくなってたりする。
 そんな時は仕方ないから一人で食堂に行ってみたりするんだけど。倉貫は午後から登校だって云ってたから、もう食堂にいたりするかなって思って。でも予想に反してそこにいたのは観月ぐらいで、俺は口先三寸オトコの横でA定食を平らげるとすぐにウルサイ食堂を後にした。前後左右から。
「ナミちゃん先輩!」
 って呼ばれるたびに、笑顔で見知らぬ女の子達に手を振りながら、少しずつ人のいない方へ、いない方へと歩いていく。
 いまのは中等部のコたちかな? 倉貫と付き合い始めてから前にも増して周囲から声をかけられる機会が多くなったように思う。や、気の所為じゃなくてこれはゼッタイ。まあ、倉貫が大統領だとしたら俺はファーストレディみたいなもんだから、多少はしょーがないかなって思うんだけど。でもたまにそれが鬱陶しくなっちゃうこともあるんだよね。そんな時は出来るだけ一人になるようにしている。
 食堂の裏手から弓道場の方へと向かう小道の途中、何期生だったかの卒業生が卒製で置いていったというベンチが幾つか点在してて、俺はそのうちの一つに腰かけると思いっ切り首を逸らして秋空を仰いでみた。
 高い空の縁にいくつか薄っぺらい雲がフカフカと浮かんでて。こんな日は屋内で勉強なんかしてるのが本当に勿体無いなって思う。でもあと三十分もしたら俺は小会議室でシャーペン握ってるんだろうな。そして青空の存在も何もかもすっかり忘れてるんだ。賭けてもいいよ? だって水曜の午後はいつも進学部の講義が予定されてるから。
「倉貫、遅いな…」
 十月に入って二度目の水曜日は、倉貫と付き合い始めてから三度目の水曜日。その間に学園祭があって、前夜祭と後夜祭、それに実行委員の打ち上げがあって、それから進学部の講義が五回、合同体育で授業が重なったのが一回、授業サボって準備室にシケ込んだのが三回。そう昨日も。器楽室に忍び込んでヤッてしまった。正常位と騎乗位で一回ずつ。キスは…昨日だけでも数え切れないぐらいした。それから乗り換えの駅まで送ってもらって。発車してもなおホームに佇む倉貫に手を振るのは昨日でちょうど十三回目。
 バカみたいだなって本当は自分でも思ってるんだよ? 倉貫と一緒にいられた時間を、些細な行為を殊更のように数えてしまうのは、あんなにも焦がれてたヒトといま付き合ってるんだって頭でも体でも感じていたいから。もらったメールとか寝る前に何度も読み返すんだ。倉貫の言葉一つ一つにドキドキして嬉しくなって、。でもれから急に不安になる。こんなに好きで大丈夫なのかなって。もしもアイツの中で咲いてる俺が散ってしまったら。それを思うと怖くて怖くて堪らなくなる。真夜中なのに気がつくと押してるリダイヤルボタン。その度に好きだって、愛してるって云ってくれるから。今日も俺はこうして生きていられるんだよ。
 見上げた空の左上。
 縁取るように赤い花が連なって幾つも咲いてる。
 この木の下で倉貫とキスをしたのは前夜祭の朝。明けたばかりの夜がまだそこら辺に潜んでそうな朝の空気が気持ちよくて、俺は倉貫の膝の上で微睡みながら思い出したように落ちてくるキスを何度も啄ばんだ。瞼の裏に百日紅の紅が鮮やかに割いてたのを覚えてる。
 好きだっていう気持ちがこの花のように目に見えればいいのにね。そうすれば俺がどれだけの満開をこの胸に讃えてるか、倉貫にだってよく解るのに…。
 胸ポケットで急に鳴り出した携帯。
 慌てて開いた画面はメールの着信を告げてて。
「倉貫のバカ!」
 メール送ったのいつだと思ってるんだよ! 朝から三回も送ったのに梨の礫だったから、俺どうしたらいいかぜんぜん解んなかったんだぞ? 責任取りやがれ! 一時間目からずっと潤んでた涙腺が壊れてしまったのは倉貫からのメールを開いた瞬間。

『樹齢千年の櫻の木があるのを知ってるか?』

 何処になんて云わなくても解るだろ。俺が行くまで泣くんじゃねーぞ――ナンテ、もう手遅れだよ。瞬きで溢れた涙が次々頬を伝ってベンチの上に落っこちる。千年でも万年でも続く恋があったらホントに素敵だね。永遠なんて誰も見たことないって云うけどそれは嘘。


 胸に咲く、この思いこそが永遠。


end


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