午睡にまつわるセンテンス



#5 ぬくもり


 バスが揺れるたび、頬をくすぐる黒い猫っ毛。

 寝こけてる頬に触れてみても、今日はまるで無反応だった。それほどに眠いのだろう。けっきょく三時半まで入れたまま及んだ回数は久しぶりの記録更新で、無理をさせたという自覚はあった。朝も寝不足で自失してる春日を半ば無理やり連れ出してこのスクールバスに乗せたのだ。金曜出席日数ヤバイかも、とあらかじめ聞かされていたのに、木曜の夜に無理をさせるとは自分の自制心に駄目出しを食らわせたいところだ。

 選択授業代返の旨はさきほど野宮に打診済みだ。今日は春日と共に三組の授業を受けるしかないだろう。実を云えばこの措置を取るのもすでに五度目だったりする。出席だけ取らせて眠る春日の横で俺がノートを取る姿も、そろそろ目立たなくなってきてるかもしれない。

 密着した腕から伝わってくる体温。平均よりも少し体温が低いのだと、春日はいつもそう云うけれど。
 肌に刻まれた熱の記憶は、どれもこれも鮮明で鮮烈だ。
 深いキスに慣れない舌を引き摺りだして探る咥内の熱は俺の舌先を痺れさせたし、熟れて燃えるような内部にみっちりと締め付けられながら達する快感は軽く想像を絶した。こんなこと云おうもんなら絶交されかねないけどな…。最中に零す涙すら熱くて、パタパタと胸に降ってくるその熱にいままで何度煽られたことか。

 けれど何よりも自分を衝き動かすのは、繋いだままの掌のぬくもり。

 絡めた指と指の間から、ゆっくりと染み入る熱が俺の気を緩やかに狂わせていくんだ。この熱なくしてはもう生きていけないと、体の隅々に刻まれているような気がする。そう、いまこの瞬間も。

 またバスが揺れて、春日の体重が俺の左半身にかかる。
 いつかこの熱を手放す時がきたとして、俺は笑ってこいつと別れることができるんだろうか。そんなことを考えてしまうこと自体が損な性分だというのは解っている。それでも考えずにはいられないほど、春日の熱はすでに俺の一部になっているんだろう。

 少しでも長く続けばいいと思う。
 この時間が。この関係が。この至福が。

 坂の下についたところでバスが車体を急停車させる。その震動で目覚めたらしい春日の視線がぼんやりとした照準で俺を捉えた。

「着いたよ、王子様」

 すっかり寝ぼけてる猫っ毛に触れると、俺は少し冷えた頬に掌を添えた。
 同じようにこの俺のぬくもりが。
 おまえのどこか、深いところに刻まれますように。


end


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title by high and dry
「ひらがな4文字5つのお題」より