午睡にまつわるセンテンス



#4 おもいで


 男に好きだなんて云われたのは初めてだったから。
 ちょっとは焦るかな、と思った予想。簡単に覆してくれたのは意外に冷静な自分の一言だった。

「知ってたよ」
「ああ。バレてるだろうとは思ってた」

 俺と同じぐらい冷静な黒木の声に触発されるように見た瞳、そこにはいつもの穏やかな色が浮かんでて。ああ、俺この人にホント好かれてるんだなぁとしみじみ思った。
 それは自惚れではなく真実。
 ポーカーフェイスというよりは仏頂面で必要最低限の口しか利かない孤高の一匹狼、揶揄もこめてバイト先ではそんな風に評されてた黒木がなぜか自分にだけは頻繁に声をかけてくれてたから。
 何かあるんだろうなとは思ってた。それを下心とすぐに察せたのは周囲のやつらの影響も大きいだろう。感化というかね。だから別にそれもアリかなって思ってたんだ。
 端的に見てもカッコよくて、男として憧れるような容姿と資質に恵まれた黒木を俺は一個人として尊敬してたから。だから。

「先輩の気持ちはすげー嬉しいよ、でも」

 云いかけた言葉を遮るように、黒木が滅多に見せない笑みで温かみに満ちた双眸を弛ませた。
「べつに答えをくれとは云ってない」
「え?」
「いま云いたくなったから云っただけだ。気にするな」
 気にするなって…そんなコト云われてそう振舞えるほど、俺はまだ人生経験積んでないよ。それにちょっと押すだけでアッサリと引かれてる現状がなんか悔しくて。

「下心のない好意とか俺、信じないけど?」

 気付いたらそんな憎まれ口を利いてた。だが云い切った途端、黒木が堪え切れなかったように笑い出すのを見てさらに面白くない心地になる。
「挑発するなよ、これでも辛抱してるんだからさ」
「先輩って明日人生が終わるって時に山ほど後悔するタイプだね」
「ああ、愛しい後悔に埋もれて死ぬさ」

 先輩の手がポンと俺の頭を叩いた。嗅ぎ慣れたキャメルの匂いが漂う。俺よりも十センチは高い視界から見下ろしてくる視線は相変わらず柔らかくて、ああやっぱり好かれてるなぁと思った。
 好意も悪意も目の奥にこそ滲み出るものだから。

 こんな男になりたいって思った。その理想がくれた言葉に応えたいって思った。でもそれが恋なんかじゃないことを、俺もアンタもよく知ってたんだ。

 それから数日後、黒木が夢を追って高飛びしたことを俺はバイト先の店長から聞かされた。カルティエのライターと共に託された伝言はきちんと俺の元まで届いたよ、先輩?
 これを手に俺はいつか日本を発つだろう、そんな予感があった。

「やっぱ俺の云ったとおりじゃん?」

 そう云ってこれを眼前につきつけてやりたい。他ならぬこの黒いライターこそが、あんたの偽らざる下心の証拠だろってね。
 思い出の中でいつだって笑ってるアンタと俺を、コンティニューするために。


end


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title by high and dry
「ひらがな4文字5つのお題」より