午睡にまつわるセンテンス



#3 ほおづえ


 放課後の教室で一人きり、物思いに耽るようにつかれた頬杖。
 少し傾いた視線は俯きがちに何を見るのだろう?
 入り口に佇んだまま、果たしてその先に何があるのかしばし思案する。人形のように澄んだ瞳が一心に見つめ、焦がれ、欲するモノ。それが自分であればいい、そう思ったのが最初。あれは七歳の夕べだった。

 罪があるとすれば、純潔な無知に己を刷り込もうとした早熟な本能だろう。

 長い月日をかけて「理想」を植えつけられたことに気付いた時の知聡の反応はいまでも忘れられない。憤ることも嘆くことも悔やむことも喜ぶことも、すべてが想定の上、目前で待たれてる状況に知聡はそのどれもを放棄することで俺を断罪した。繋いでた手を振り払うことで、だが自分から離れることはけして許さないまま、俺の罪を戒めようとした。
 そうして膠着状態に陥ったまま、俺たちの関係はまだ継続している。

「チサト」

 軽く呼びかけると「…遅かったね」と不機嫌一色に塗りつぶされた声が俺を振り返った。怜悧な美貌には近年、拍車がかかるばかりでこれからますます母親の相貌に似ていくのだろう。

「予想外、委員会に手間取ってね」

 待ってろ、と云った覚えもなく。待ってる、と云われた覚えもなく。
 それでも知聡は教室に一人居残っていたし、委員会が終わるなり自分は真っ先にこの教室を目指した。
「嘘をつくんならもう少しまともに願いたいね」
「なぜ?」
 俺が近づくのを興味なさげに見てた視線がまた窓の外へと向けられる。温度を感じさせない冷めた瞳が見つめる風景。俺はすぐにそれがアンサーだと気付いた。さきほど下級生の女の子と共にビオトープのそばを抜けて行ったのを目撃したのだろう。
 委員会の報告に職員室までの道程をショートカットしただけだと、そう云うには少し苦しいかなと思う。外回りを提案したのは女の子の方で、普段の態度から察していた台詞を道すがら聞かされたのは事実だったから。

「断ったよ、もちろん」
「そんなこと誰も聞いてないよ」
「ならOKすればよかった?」

 秘めてた魂胆を暴露するまで、ことあるごとに自分にだけ向けられてた笑顔も最近は綻ばなくなって久しい。

「……よく、そんなことが云えるね」

 崩れた頬杖が机に潰える。痛いほどの感情に瞳が波立ってるのが見えた。すべての理屈を燃やして灰にして、最後に残った感情だけを信じたいと。そう願っているのはおまえだけじゃない。けれど考えてしまう打算や計算、勝算が目の前の景色を鈍らせるのだろう。
 何事もなかったように再び頬杖をついた幼馴染みが声もなく涙を零す。

 小賢しく策を弄した自分へのこれが真なる報い、そう思えた。
 けれど幼稚で愚かな罪を犯してしまうほどに、おまえしか見えてなかったんだよ。昔から欲しいと思ったものはただ一つだけ。

「おまえがいれば何もいらない」

 頑強な城の最後の砦のように、知聡の横顔を覆い隠してた片手を、崩して奪って封じ込めて。濡れた唇に熱を重ねる。

 まるで初めてのキスみたいに。


end


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title by high and dry
「ひらがな4文字5つのお題」より