午睡にまつわるセンテンス



#1 まどろみ


「カスガ」
 揺り起こされて一番最初に目に入った青が目に沁みる。片耳から外れたイヤホンの隙間、体温を持った声がもう一度自分の名前を呼んだ。
 そういや屋上でうたた寝してたんだったと思いつくまでに数秒かかって、それからようやく周囲に首を巡らせる。隣りでは寝入った時と同じように蓮科が手摺りに背凭れながら文庫本を広げてて。けれどその出で立ちはさきほどとは百八十度方向性を変えていた。

「六組って三限、体育だっけ?」
「イエス」

 どうやら二限の初めから三限が終わるまで、自分はここで眠り込んでしまっていたらしい。そんなに寝る気はなかったんだけどな、と思いつつもまだ頭の芯がふやけてるみたいで、あちこちに散らばった思考がうまくまとめられない。
 エート、うちの四限って何だったっけか…? 必修だったような、そうでもなかったような…。ともすると睡魔に手を引かれるまま、またぞろ夢の中へと引き摺られそうになってしまう意識の片隅で。
「Good Morning Kids」が小さく鳴っているのが聞こえる。

「春日?」

 次第にまた伸びていく意識の袂をうっすら感じながら、匡平は伸ばした手でプーマのジャージを掴むと「なあ…」と掠れた声を上げた。けっきょく四限の授業がなんだったかは思い出せないままだったけれど、思い出せないということはイコールそれほど重要じゃないっていうことなんだろう。いや、そうに違いない。

「俺、タラマヨサンドとチョココルネな…」

 ランチの注文をつけるだけつけると、用は済んだとばかり睡魔の引く手綱に両手を絡める。呆れたような苦笑が前髪を掠めたような、そうでないような。続いて何か云われた気もしたけど、その時にはもうオブラートの向こう側に自分が行っちゃってた後だから解りようもなくて。


 晴れた日に外で食べるランチは至上の贅沢に似ている


 誰の言葉だったろう? きっとたぶん、こんなふうに。
 晴れた日に外で昼寝をするのも至上の贅沢の一つなんだろう。

 そういや、牛乳頼むの忘れたけど……蓮科のことだからきっと一緒に買ってきてくれるだろう。いや、そうに違いない。一時間後の贅沢をボンヤリ思い描きながら。

 匡平は初夏の風にふっと意識を散らした。


end


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title by high and dry
「ひらがな4文字5つのお題」より