#3 Lunch time /
昼休み
「お、また来てんぜ他校のオンナ」
大西が箸を咥えたまま視線だけで前方の扉を指し示す。そこには果たしてセーラー服のいかにもな他校生が佇んでいた。手近にいた人間(シルエットから判断して野宮)(今日コンタクトしてくんの忘れちゃったから視界ボケてんだよね)に何かを訊ねている模様。
「今度は誰だよ?」
ピンボケした器の中から箸で摘みあげたナルトをひょいと、大西のゴハン茶碗に放り込む。ナルトはね、えげつないピンクで縁取られてるから近眼にも解りやすくていいよね。さっきチャーシューだと思って口に入れたのが思いっ切りメンマだった時はホントもうガッカリっていうか。つーかこのシナチク太過ぎですよみたいな。俺がよく見えないのをイイコトに、ラーメンにひじきとかトッピングしてくるヤツまじウザイんですけど、さっきから。
「高一のトモってやつ探してるってよ」
ものの数秒でカンバックしてきたナルトが、べちゃりと豚骨スープの海に浸った。あらあら、スキキライしてると大きくなれませんよ? しょうがないなぁ。じゃあメンマもオプションにつけてやっから。食いやがれ、このおしゃれメガネめが。箸で摘んだナルトと(たぶん)メンマとをまとめて大西の下へと送り出す。
「おいおい、オマエなんじゃねーのー?」
大西の隣りでよぼよぼとカツ丼をかっ込んでた小松原が、ニヤニヤと脂下がった笑いを声に滲ませた。まあ俺もね、いつかはそんな身分になってみたいって話ですよ。っつか最近、他校生とのコンパはめっきり行ってねーからなァ…。えーっと、野宮が今週末ナンカあるよーな話してたっけ? そんな気がウッスラ。どうすんべ、こりゃいまからでも混ぜてもらっとくべき?
「バーカ。明らかに水柳のどっちかじゃねーか」
「したら2組か7組で修羅場だな」
「シュラバラバンバ☆」
アホな掛け声と共に(推定)皐月が立ち上がるのを「がんばれヤジウマ〜」と間抜けた声で三人見送る。うん、あの独特な歩き方は皐月。間違いなく皐月。つーかそれ以前に声が皐月だった。3組のアイツがなんで5組にいんのかは知んねーけど。つーか俺も6組じゃんね。ついでに小松原も6組じゃんね。
「往復ビンタに50円」
「俺はグーで殴るに100円かな」
「んじゃ俺、必殺キックが出るに100円」
食堂からかっ攫ってきて早五分、すでに伸び始めているラーメンをずるずる啜りながら左手で探ったポケットから百円玉を掴み出す。それをジャラっと大西の机に落としたところで、あらヤダ、スープにピンク色の物体が浮かんでいるわ。
「夏目。チャーシューごっそさーん」
アチャー見誤ったか…。しょうがないから小松原の丼からガサリと摘み上げた(恐らくは)紅生姜の固まりを、大西の味噌汁の中にダイブさせてやる。つーか今日これ、授業受けられる視力じゃないんだよねホント。じゃあ何のために来たかっつーと、モチロン出席日数? 前期わりに遊び過ぎちゃったんで、後期は根詰めてかないとっていうね。あーあ義務教育ん時はサボリたい放題だったのになー。高校生ってツライんですね。とっても遣り切れませんね、と。
「あんたってサイテイッ!」
やけに近い声。どうやら事件は7組で起きてるらしい。続いてガスっという鈍い音。あ、これいー感じ。なんか勝利の予感するよね。女神が俺に微笑んでくれてるっぽくない? ヒョコヒョコとやけに頭が上下する歩みで帰ってきた皐月が「今回は回し蹴りでしたー」と明るい声で告げるのに「イエーイ、ゲットー☆」机の上に置いてあった掛け金に手を伸ばそうとした、まさにその瞬間。
ポチャン
あれ? なんかヤな落としませんでした、いま…? 音源の発生位置に目を向けると、とんこつスープの表面がダクダクと揺れているのが見えた。
「大西さん、何かなさいました…?」
「いいえ」
「でもいまココに何かダイブしてきましたよね?」
「ああ、アレじゃない?」
そう云って指差されても見えないんだってば、今日の俺は。
目を凝らすとユラリと立ち上がった長身が、扉口に片手でつかまってるのが見えた。
「俺の歯、そっちに飛んでかなかったー?」
どこかノンビリ然とした水柳の声を聞きながら、俺は至福のランチタイムが突然の終幕を迎えてしまったことを悟った。
「食べ物で遊ぶからバチが当たったんだよ」
小松原の一言が身に沁みたのは云うまでもない。(つーか、そしたら大西も同罪じゃない?)
end
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