バスルーム寓話



「っねが…もぅ…許して…ェ」


 咲坂の手が動く。
 たまらずに浮き上がった腰を、力強い腕につかみ下ろされて。
「ンンっ、や…ぁ」
 結果、さらに奥深くまで長い指を咥え込むハメになり、早乙女は泣きたいくらいモドカシイ快感にたまらず身悶えした。
「ほら。堪え性のないコは嫌いだよ」
 内側からポイントを刺激しながら、咲坂は楽しそうに声を上げて笑った。
「ンっ…は」
 前立腺を嬲るように何度も抉られて、咲坂の目前で揺れる早乙女の昂ぶりから透明な液が糸をひいて零れた。
 もう、耐えられない…。
 首筋から泡の固まりが滑り落ちる感触にさえ、声もなく喉が震えてしまう。
 バスタブに横たわった体をまたぐようにして、向かい合わせに対面したこの恥ずかしい姿勢でもうどれだけ焦らされているのだろう。
 時間の感覚など、とっくの昔になくなっている。あるのはイキたいという欲望と、ネットリと体にへばりついて離れない。
 この粘着質な快感だけ。
「それで? 去年は何回、浮気したの?」
「いっかいもしてな…っ」
「嘘はダメだよ」
 グッと腰を固定されて、中で指を広げるように動かされる。と、熱くただれた個所にぬるま湯がじわじわと押し入ってきた。
「やっ」
 奇妙な排泄感。思わず下腹に力を入れるとより、リアルに咲坂の指を内部に感じた。
 見なれた指の、その節のカタチまでもを思い出してしまう…。


 一度目は、後ろを指で執拗に攻められながら。
 同時に濃厚な舌の愛撫を前に受けて、抵抗する間もなく性急に追い上げられてしまった。
 放出の快感にのけぞった体をさらに下から掻き回されて、キツク吸引されながらイッてもイッてもまだ出続けているような錯覚に気が遠くなった…。
 そして、二度目は焦らしに焦らされて、それでもまだイカせてもらえない…。
 泣きながらいくらお願いしても、早乙女の冷徹な主人はそれを許してはくれなかった。
 濡れた音を立てて、二本の指を飲み込み収縮するソコ。
「ホラ。いいコだから、本当のコトを云ってごらん」
「っア、ひ…とりダケ…ッ」
「そう。また嘘をついたね?」
 ググっと開かれたソコに何かが無理やり押し込まれてきた。
 中の指に意地悪く引っ掻かれて、思わず仰け反った個所に強くソレを押しつけられる。
 途端にブウ…ゥンと、鈍い音を立ててローターが細かく振動を始めた。
「ヒッ、やァ…っ」
 早乙女の欲望がびくびくと痙攣した。
 トクトクと透明な粘液を先端から次々溢れさせる。
 ローターをソコに押し付けるようにして、中の指が緩やかに丸く回転を始めた。
 恥骨にダイレクトに響く甘い刺激に、早乙女は唇を噛んで自身の暴発を必死に堪える。
「勝手にイッたら、お仕置きするよ」
 これ以上ないくらい刺激しておいて。
 さらにそんな酷な命令を下す、美貌の冷たい笑顔。
 早乙女の先端が切なげにもたげた首を振った。
「ごめんなさ…、ホントっ…は二人…っあ」
「二人も? いけない子だね、タキは。どうしてそんなコトをしてしまうの?」
「咲っ…坂サンが、いな…っかったからデ…ス」
「僕がいないと浮気をするの? じゃあ知らないヤツに、ここを散々舐められて…?」
 屹立したソコの途中を握り込まれた。
 鈍い圧迫感に息が詰まる。
「それで後ろに太いモノを何度もハメられて、腰を振って喜んだんだ、タキは?」
「っァ、はい…ッ」
「この淫乱」
「ヒッ、あ…ぁぁあッ」
 ローターの振動が一気に上げられる。
 パシャパシャとバスタブのお湯が揺れて、浮かんでいた泡の山が次々に崩れた。
 じわじわと熱いモノが尿道に込み上げてくる。
 ひくひくと痙攣しながら、早乙女はイク寸前の絶頂感が体中に浸透していくのを感じた。
 先端からしたたり落ちる幾すじもの粘液に、しだいに白いものが混じり始める。
「タキにとって、僕はどんな存在なの?」
「せ、世界でただ一人っ…のご主人様…ッです」
「そう。ならどうしてその主人を、飼い犬が裏切ったりできるのかなァ」
「…ッああ!」
 早乙女の涙に濡れた両方の瞳が。
 戦慄にも似た甘い陶酔で恍惚となった。
「ア、ゆる…っしてくだ…っさ」
「ダメに決まってるでしょ?」
 乱暴に指を引き抜かれて。
 あてがわれると同時に、咲坂の膨れ上がった欲望が早乙女の中をゆっくりと押し広げていった。
 じわじわと咲坂の先端に押されて。
 震えるローターが狭い隙間を少しずつ上へと這い上がっていく。
 自身の欲望は中途なところで塞き止められたまま。
 ダラダラと白い液が際限なく溢れていく。
「ヒィ…ッ!」
 最奥まで一気に突き上げられて、その衝撃にガクガクと早乙女の体が揺れた。
 バスルームに激しい水音が反響する。
 かつてない深みまでローターに犯されて、鈍い振動が内臓に響いた。
「…ッ、…ッッ!」
 早乙女は声もなく唇を震わせた。
 少し腰を引いてから、横たえていた体を起こすのと同時に、咲坂が再び最奥を突いた。
 急に体を曲げられて、反りかえった熱い欲望が早乙女の前立腺をキツク直撃する。
「ヤあぁぁ…ッッ」
 たまらず先端から、白い液が少しだけ飛び出した。
「あーあ、もうお漏らししちゃって。タキは本当に悪い子だねェ」
「ごめ…なさ…っも、ゆるし、て…ェ」
「ダメだよ。悪い子には、お仕置きが必要なんだから」
 突き上げられたまま、きつくローリングされて早乙女はバスタブの縁をつかんでいるのが精一杯だった。
 グルグルと掻き回されてほんの一瞬、戒めをゆるめては束の間の放出をまた中断させられて。
 気が狂いそうな快感。
「…ッ、……ァっ」
 早乙女が言葉を失った頃になって、ようやく欲望の解放を許された。
 イッてる間にも激しく中を突き上げられて、前立腺をぐいぐいと刺激される。
 尿道に残る精液をも絞り込むように、丹念に扱き上げられて。
 最後にピュッと飛んだ白濁が、早乙女の胸にトロリと滴った。
「っ…あ」
 やや遅れて達した咲坂の熱い奔流に、早乙女の萎えた欲望がヒクリと震えた…。


「もう、咲坂さんとはHしない」
 ふてくされたように云って。
 早乙女はシーツの上で、ごろりと寝返りを打った。
「どうした、突然?」
 液晶ディスプレイに向けていた視線をベッドに移して、咲坂は眼鏡の奥の瞳をやんわりと微笑ませた。
「だって咲坂サンだって浮気してたクセにさ、なんでアタシばっか責められなきゃなンないの?」
「それは“そーゆうプレイ”の一環だからだろう?」
「………もう」
 咲坂サンてば、全然解ってない。
 そういう意味じゃなくて。
 咲坂サンが浮気とかに、まったく頓着しないのは知ってるけど。
「…アタシはそうじゃないの」
 早乙女の呟きは、ベッドの向こうがわのデスクまでは届かなかったようだ。


 目を開けると、投げ出した自分の腕がすぐそこに見えた。
 ちょうど肘の裏側、関節の曲がる柔らかい部分にザックリ切った傷跡が残っている。
「後悔はしてない…」
 手首を切る、というのはよく聞く話。
 だが本気で死にたいのなら、肘の内側を切った方がその確率が高いのだという。
 どこで得た知識かもうろ覚えだが、それを鵜のみにしてナイフを手にしたのが中三の冬休みだった。
 すぐに父親に見つかり、結局は未遂に終わったが。
「大掃除してたら、ガラス戸棚のガラスがいきなり外れてさァ」
 クラスメイトも担任もその話をみんな信じてくれた。
 やはり手首にくらべて知名度は低いんだなあ、なんて妙なコトに感心したっけ。
 自分の中で踏ん切りがついてしまえば、死のうなんて二度と思わなかった。
 傷が癒える頃にはバカなことしたナぁ、って冷静に振り返るコトも出来た。家族に迷惑かけたナってつくづく思ったりして。
 でも後悔はしてない。
 少なくともあの時、自分は本気で死のうと思ってたし。
 そのおかげで自分を見つめなおす機会を得、粉々に砕けたアイデンティティを再び構築することが出来たのだから。
 傷跡を見ては、時々そんなことを思いかえす。
 でも、たまにこの傷を見て痛ましげに顔を歪めるヤツとかいて。
 イヤーな気分になることもあるケドね。
 でも、大概の人はそんなことに気付かない。
 だから。
 咲坂だけだったのだ。
「痛かった?」
 行きつけのクラブ。
 ひとりでいたカウンターに咲坂が現れて。となりに座ったかと思ったらいきなりそう聞いてきたのだ。
 夏場のコト。半袖のシャツからのぞいた傷跡にそっと指を乗せて。
 スッとした、少し神経質そうな瞳。それを縁なしの眼鏡で隠して伏せ目がちに微笑んだ顔に。
 目を奪われていた。
「僕もね、おなじの持ってるんだよ」
 そう云ってワイシャツの袖ボタンを外すと、咲坂は手首についた幾つもの傷跡を見せてくれた。
 いくつかの躊躇い傷と、ひとつだけとても深い傷跡…。
 実は最初から。
 咲坂の容姿は店に入ったときからチェックしていたのだ。
 でもカワイイ仔猫チャンを連れてたから、諦めようと思ってた。
 だけど、あの時。
 あの子猫チャンから咲坂を絶対に奪おう、って決意した。
 それから押して、押して。
 押しに押しまくって。
 数日後、早乙女は咲坂を手に入れていた。


 元旦は咲坂の都合で会えなかったから。
 2日は絶対、一緒にいたいと駄々をこねたのは早乙女の方だった。
 だが、その我が侭のツケは今日、思いきり払わされたようだ。
 しっかり、体で。
 いつもよりキツイ攻めに途中、本気で泣きが入ってたのを咲坂は知っているのだろうか。
 いまも起き上がらないんじゃなくて、起き上がれないのだ。
 だから仕方なく、ベッドの上をひたすらごろごろと転がっている。
 腫れて熱を持った個所が疼いて、とても眠るどころのハナシじゃないのだ。
 体の方はクタクタだったが…。
 一方、咲坂はあんな激しいプレイをした後にも関わらず、仕事が残ってるからとすぐにパソコンを起動させていた。いまもカタカタとキーボードを叩いている。
「咲坂サンの意地悪ーゥ…」
 キーボードの音にかき消されて、早乙女のグチはまたも届くことなく宙に消えた。
 最初にちょっかいをかけてきたのはそっちなのだ。
 ちゃんと最後まで構ってほしい。
 それともこれは、ただの我が侭なのかしら?
「ねーえ、咲坂サン」
「なに?」
 眼鏡の奥の視線がこちらに向けられる。
「咲坂サンはいつまでアタシのこと、好きでいてくれるの?」
「どうしたの、突然」
 妙に感傷的なセリフにあてられたのか、咲坂がパソコンデスクからベッドサイドの方へと移動してきた。
「知りたいの。答えてヨ」
「明日まで。って云ったらどうする?」
「知らない、もう!」
 途端に思いきり拗ねた早乙女にハハっと笑い、咲坂はそっぽ向いたその横顔にそっと口付けた。
「だから、いつも云ってるでしょう?」
 あやうく泣きかけてた瞳に笑いかけながら、咲坂はゆっくり唇を合わせた。
 たっぷり舌を絡ませて。
 注ぎ込んだ唾液が早乙女の唇の端から零れ落ちていく。
「僕を失恋させられるのはキミだけだよ、って」
 耳元に囁かれた言葉がくすぐったくて。
 早乙女は照れ隠しに、咲坂のカタチよい鼻にカプリとかじりついた。
 それを受けて。
 咲坂は早乙女のくるまるシーツに潜り込むと、のぼせてまだ暖かい裸身に手を触れた。


 こうして、姫はじめは滞りなく。
 2ラウンド目に突入したのであった…。


end


back #